TOWN

newmexico

McCartys/New Mexico


Route 66 in New Mexico
 
= McCartys =
<<WEST       EAST>>
Cibola County  Wikipedia はこちら 関連 Website はこちら
今はゴーストタウンになっているが、Acoma Pueblo の一部で、「 Sky City 」 として知られる Acoma Pueblo への入り口の村として有名。
Native American の先祖達が 1 万年以上もの間住んでいた所で、 その中でも特にここは古くから Acoma Indian 達が Rocky 山脈から流れてくる川の水を使って農業を営み、交易をし始めて村が出来た。

この地に最初に到着したヨーロッパ人はスペインの Francisco Vásquez de Coronado の遠征隊で、1540 年に近くの Acoma Pueblo にやってきた。 彼らは一旦戻ったが、1600 年代初期に又やってきて、地域を支配した。が1680 年に反乱が起こり、彼らは追放。 しかし 12 年後に又戻ってきて大虐殺し、 Native を征圧した。
 

村の入口に立つ境界表示板
周りは溶岩台地

2014年10月撮影
 
1821 年 スペインからメキシコが独立した後、その一部となったが、 メキシコーアメリカ戦争 ( 1846 年 〜 1848 年 ) で敗れ、アメリカの領土となった。 1880 年代に AT & SF が鉄道を通した時に、その請負業者の名前を取って、 町は McCatrys と名づけられ、その後発展した。
 

Sky City への表示板が立つ。
2015年5月撮影
 
Route 66 の開通で更に発展したが、I-40 の建設で寂れてゴーストタウンに。 しかしその歴史ある過去の残骸は今もたくさん残っている。
McCartys と Laguna 間の the National Trails Highway の古い舗装部分 は、the National Register of Historic Places に登録されている。
道の両側は 1000 年 〜 2000 年前に出来た黒い塊の溶岩台地で、 ” The Malpais “ ( 悪魔の地 ) と呼ばれ、 Zuni 山脈の中の Twin War Gods によって殺害された偉大な巨人の血だと言われる他、色々な Navajo の伝説がある。
道は Malpais の玄武岩層を切り開いて作られたもので、 大恐慌の間のニューディール政策で、1935 年 〜 1936 年に完全に舗装された。 この時期に鉄の Poly Truss Bridge が架けられ、コンクリートの地下道が作られたが、1956 年にはバイパス I-40 が完成する。
Route 66 ブログ はこちら
■ ■ Santa Maria de Acoma Catholic Church ■ ■
Main Road McCartys NM  関連 Website はこちら
1933 年 11 月 28 日、Santa Fe の大司教 Gerken により奉納され、丘の上に建てられた建物で、1969 年には教区ホールも建てられた。
 

Courtesy of Kathy Weiser,Legends of America.
http://www.legendsofamerica.com/66-main.html
 
シンプルな石作りの、Spanish Colonial 様式で、 古い Acoma Pueblo の教会の半分の大きさのレプリカで、屋内は幾つかの木のすばらしいアート彫刻がある。
Route 66 ブログ はこちら

Courtesy of David Taylor
http://urbex.50megs.com//Places/USA/Route%2066/Route%2066.html
 
<<WEST EAST>>

≫ 続きを読む

newmexico  2016/03/20  route66jpinfo

San Fidel / New Mexico


Route 66 in New Mexico
 
= San Fidel =
<<WEST       EAST>>
Cibola County  Wikipedia はこちら
San Jose 川 に沿った old Route 66 沿いのヒスパニック系の小さな村で、 過去 700 年以上前から、Pueblo の人達が川の谷に住んで、農業を営んでいた。
1821 年、Mexico から独立したが、Mexico-America 戦争( 1846 年 〜 1848 年 ) に敗れ、America 領土となった。 1868 年 町が出来たが、 1910 年 〜1919 年に出来た郵便局は Ballejos という名前だったが、 後に San Fidel と言う名前に変えられ、町の名前となった。 Fidel と言うのは二人のスペインの聖人の名前で、Fedelis はラテン語で “信心深い”、”忠実”、”誠実”の意味がある。
フランシスコ派の修道士が南西部へと来たときに、教区が作られ、 1920 年に St.Joseph Church ( New Mexico Highway124 沿いにある ) が、建てられた。
 

周りは溶岩台地
2015年6月撮影
1926 年 " Old National Trails “ が Route 66 となり、 San Fidel を通る事で、町は発展していく。 車関連のショップ等がたくさんあったが、 Route 66 の衰退と共に寂れていき、 今あるのは、St Joseph’s Catholic Church、Acoma Curio Shop と、1910 年代よりずっと続いている郵便局くらい。 Whiting Brothers Gas Station と Acoma Curio Shop の廃墟がランドマークとなっている。
Route 66 ブログ はこちら
■ ■ Whiting Brothers ■ ■
関連 Website はこちら
McCartys と San Fidel の間、EXIT 69 近くにある Whiting Brothers のガソリンスタンドの廃墟。 以前は Motel、ガソリンスタンド、カフェなどの営業をしていたが、 火事で閉店してしまった。
 

2015年6月撮影
 

2015年6月撮影
Whigting Brothers はガソリンスタンドのチェーン店で、 往時は Route 66 沿いだけでも 60 箇所ほどあったが、今はほとんどが廃墟となっている。 大きな黄色の下地に赤の字の看板がトレードマーク。
Whiting Brothers の Wikipedia はこちら
Route 66 ブログ はこちら

廃墟となったガソリンスタンド。
2015年6月撮影
■ ■ Acoma Curio Shop ■ ■
1090 NM 124 ( Route 66 ) San Fidel NM  関連 Website はこちら  関連 Website はこちら
ここらは 1912 年に新しく州となった New Mexico へ、レバノンからの移民が急激に増えた場所で、その中の一人 Abdoo Fidel は、人口約 100 人ほどの村 Ballejos ( 今の San Fidel ) で小さな商売を始めたが、 数年以内に、町の西の端に家族との住居ともなる建物を建て、 数年間 小さなお店をやっていた。
 

Photo courtesy of ”The Road Wanderer”
http://www.theroadwanderer.net/index.htm
 
1926 年 Route 66 の開通で、通行量が著しく増えると、 Fidel は地元の Native American の工芸品の卸を始め、 1937 年には、日用雑貨の販売をやめて ” the Acoma Curio Shop “ と名付けた骨董品の小売店を始めた。
扱っている物は、地元の Acoma のアーテイストの物が主で、 中には有名なアーテイスト Lucy Lewis 、Mary Z. Chino、らの作品もあったが、 4年間お店をやって、再び日用雑貨店へと戻した。
 

ショップの看板
2015年6月撮影
 

ショップの吊り看板
2015年6月撮影
第二次世界大戦とそれからのガソリン配給制で highway の旅行者が減少したので、 アメリカの参戦後から 1942 年位までは店を閉めていたが、 その後しばらくは the Standard Oil Company へ貸し、 その後 Petzel と Trask が “ Gallery 66 “ と呼ばれるアートギャラリーをやっていたが、今は廃墟に。
この建物はレバノンからの移民とその商売の重要な歴史的建物として知られており、南西部の他の多くのアドベのとは異なる New Mexico では極めて異色の建物で、州内の Route 66 沿いに残っている幾つかの田舎の珍しいショップの 1 つで有るという事で、the National Register of Historic Places、そして US National History Landmarkに登録されている。
Route 66 ブログ はこちら
 
■ ■ St. Joseph’s Catholic Church ■ ■
New Mexico Highway124 ( Route 66 ) 沿いにある古風な Mission 様式の教会で、 小さなレンガの礼拝堂があり、二つの青い笛を吹く天使がドアの所に立っている。 フランシスコ派の修道士が南西部へと来た時に、San Fidel に教区が作られ、 1920 年に St. Joseph Church が地域の中心として建てられ、 Laguna と Acoma Pueblo の教区となり、特別な行事のときだけ使われるようになった。
 

Courtesy of Kathy Weiser,Legends of America.
http://www.legendsofamerica.com/66-main.html
 
牧師館は 1920 年代初めに作られ、長い間牧師達が住んでいたが、 1981 年 Ursuline Sisters の為の女子修道院に変わり、 今では St. Joan Antida に奉仕するシスター達が住んでいる。
 

有名なステンドグラス
Photo courtesy of ”The Road Wanderer”
http://www.theroadwanderer.net/index.htm
 
■ St. Joseph Mission School ■ 
26 School Road San Fidel NM  1925年〜  Website はこちら
1923 年に San Fidel 周辺の子供たちへ質の高い教育を提供することを目的に作られ、Acoma、Laguna Pueblo等、近くのヒスパニックの村からの色々な文化やバックグラウンドを持つ子供たちを受け入れている。
Route 66 ブログ はこちら

Courtesy of Kathy Weiser,Legends of America.
http://www.legendsofamerica.com/66-main.html
 
■ ■ San Fidel Cafe ■ ■

有名な廃墟
2015年6月撮影
Route 66 ブログ はこちら
 
■ ■ Post Office ■ ■

1910 年代からの Post Office だと。
2015年6月撮影
 

今の Post Office
2015年6月撮影
Route 66 ブログ はこちら
 
■ ■ その他の見どころ ■ ■
Zodiac Bar ; 古びた看板が沢山。
Ray's Bar ;今は廃墟に
その他の廃墟 ; 全盛期を繁栄ぶりを偲ばせる廃墟がたくさん。
 
<<WEST EAST>>

≫ 続きを読む

San Fidel / New Mexico  2016/03/06  route66jpinfo

Budville/New Mexico


Route 66 in New Mexico
 
= Budville =
<<WEST       EAST>>
Cibola County  関連 Website はこちら
Cubero から数 mile 西の町で、今はゴーストタウンと化している。 町の名前は、1928 年に最初のガソリンスタンドを Cubero に父親が建て、 長い間住んでいた H.N.Bud Rice から取って付けられ、 それを始めた時 ( 1928 年 ) が町の始まりとなった。
Route 66 ブログ はこちら
■ ■ Budville Trading Company & Gas Station ■ ■
関連 Website はこちら&こちら&こちら
1928 年に Cubero で H.N. “Bud” Rice の父親が車のサービス、雑貨屋、ツアー、不動産業、貸家他の仕事を始めた。 1938 年には Bud と妻の Flossie が Budville で同じようなビジネスを始める。 1967 年までは二人で運営し、Route 66 の旅人達に大人気で、ビジネスは大きくなっていった。 彼らのビジネスは成功したけれど、それは人のねたみを買うことになり、 1967 年に強盗に襲われ、Bud は殺された。
 

2015年6月撮影
 
Flossie はそれから再婚し、12 年間家族経営でビジネスを続けた後、1979 年に廃業。 今は新しいオーナーである John Peterson と Monica Guttierrez が、 2 つのインデイアン部族の為の雑貨屋と委託ショップを経営している。 Route 66 のランドマーク的存在で、カメラマンに人気の場所。
Route 66 ブログ はこちら
■ ■ old King's Cafe & Bar ■ ■
今では 「Midway」 と名前を変えて Route 66 沿いで営業。

2015年6月撮影
 

真ん中の上に Midway の看板が Route 66 に向いてかけてある。
2015年6月撮影
 
 
■ ■ Dixie Bar ■ ■
1936年〜

2015年6月撮影
 
Dixie’s は疲れた旅人達の乾いた喉を潤してくれる癒やしの場であり、 インデイアンラグや他のユニークな商品を売っているだけでなく、 近くに隠れている無法者に対する避難所やモーテルをやっていた。
Route 66 ブログ はこちら
 

ここらは Route 66が HWY 124 になっているので、両方の表示が。 2015年6月撮影
 
<<WEST EAST>>

≫ 続きを読む

Budville/New Mexico  2015/12/27  route66jpinfo

Grants/New Mexico


Route 66 in New Mexico
 
= Grants =
<<WEST       EAST>>
Cibola County  HP はこちら   Wikipedia はこちら
近くにはたくさんの廃墟が残っており、往時の繁栄振りがしのばれる。 歴史は古く、12 世紀頃、今の街の北 Chaco Canyon で、 Native の人達が素晴らしい古代 Pueblo 文化を築いていた所でもある。

長い間忘れ去られていた街だったが、西部開拓の為に鉄道が敷かれると、 たくさんの鉄道関係者が住むようになった。 最初の定住者は鉄道関係の Don Jesus Blea で、 1872 年に家を建て、 その後すぐ、カナダ人 Grants 3 兄弟が鉄道作業の為のベースキャンプを作り、 Atlantic & Pacidic Railroad が通る地域の契約を取って敷設した。 彼らのキャンプは最初 Grants Camp、それから Grants Station、そして Grants と呼ばれたが、 1882 年に郵便局が出来た時、町の名前が正式に Grants になった。
鉄道が Grants まで伸び、近くの Zuni Mountains からの材木の切り出しに鉄道が利用されるようになるとますます繁栄。 the Atlantic and Pacific の為のポイントとして、 街は利用された。
 

往時の繁栄ぶりを垣間見れるメインストリートの Route 66。
2015年6月撮影
 
1930 年代に製材が不振になってきた後、 Bluewater 貯水池が作られ、火山土壌が農業に理想の状態だったので、 農業中心となっていき、アメリカの ”Carrot Capital” ( 人参の中心地 ) と言われるほどになる。

Grants はまたそのロケーションから航空標識灯が設置された所で、 その空港 ( KGNT ) の標識灯と建物は、今は Museum になっている。
又 U,S, Route 66 が開通すると、その旅人達が多く通るようになり、たくさんのビジネスも出来た。

街が最も繁栄したのは、ウラニューム時代で、 1950 年 Paddy Martiner が、Haystack Mesa 近くで黄色の石を発見。 それがウラニュームだとわかると、U.S..Atomic Energy Commission が採掘を始め、 街は急に経済発展し始め、”Uranium City” と呼ばれるようになった。 この地域は世界最大の生産量だったので、町の人口は 1200 人から 35000 人まで増え、 Grants Uranuim Industry は約 6000 人の雇用を生み出し、 1983 年の閉所まで、全国のウラニュームの約 63 % を生産し続けるほどだった。

1950 年代のウラニューム最盛期に使われたと思われるトラックの廃車が
Courtesy of Kathy Weiser,Legends of America.
http://www.legendsofamerica.com/66-main.html
鉱山の崩壊は街の敗退をも引き起こしたが、 Route 66 の旅の面白みと景色の美しさがベースとなって、いまだに町は存続している。 Old 66 である Santa Fe Avenue には往時の名残を留める Motel や Cafe などの廃墟が残っている。
最近、原子力への注目が集まり、地域のウラニューム鉱山の可能性が次第に増し、 電力会社はいまだに実行可能な鉱山の土地を試掘している。
Route 66 ブログ はこちら
■ ■ New Mexico Mining Museum ■ ■
100 N Iron Ave Grants, NM   関連 HP はこちら  facebook ページはこちら  必見の Museum。
地下のウラニューム鉱山を再現し、”世界のウラニュームの中心” とされるまでに Grants がなった歴史的なブームを誇りとし、鉱山労働者達によって作られた Museum で、冷戦時代に、地域で最大級だったウラン鉱山に関する展示と、 地下の鉱山跡、化石、Route 66 に関する展示をしている。
再現した地下の鉱山での体験ができ、鉱山労働者達が毎日働いていた状況を垣間見れ、 豊かな鉱山の歴史的遺産と Grants との関連文化について学べる。
ガイドツアーは、地下の世界の雰囲気に浸れ、見れ、触れ、感じれるユニークな内容で、家族みんなにとって、エキサイティングで教育的な体験ができる。
Route 66 ブログ はこちら
■ ■ Western Aviation Heritage Museum ■ ■
the Grants-Millar Airport にある。  HPはこちら  Wikipediaはこちら
2012 年にできた Grants-Millan 空港( KGNT )にある飛行照明に関する小さな Museum で、Cibola County Historical Society が空港の歴史博物館として作った。
ここは初期の航空便業務をしていた the Transcontinental Air Transport の、 照射塔、小さな発電所、飛行の正しい方向を知らせるコンクリートの矢印で、 L.A. と Amarillo を結ぶ航路の照明、灯台のような機能の所だった。

この Museum は the Midcontinental Airway の Los Angeles CA と Amarillo TX を結ぶ 1929 年頃の西部を飛行する初期の飛行士達を誇りとして作られた。 このルートは Charles Lindburg によって the Transcontinental Air Transport の為に確立され、 昼間の飛行と 2 鉄道の線路で、停まっている鉄道の貨車とのコンビネーションで、1929 年の 6 月に海岸と海岸を結ぶサービスが始まった。

離れた西部の典型的な空路のシステムは、それぞれのルートに沿って発電力のある煙火塔を設置し、許された地形の 40〜50 mile 毎に緊急着陸地があった。 2つの補助飛行場、プラス Albuquerque から Arizona の端まで、西 New Mexico を横断する孤立した 10 本の煙火の場所があった。 Museum は the National Register of Historic Places に登録されている。
Route 66 ブログ はこちら

 
<< New Mexico Air Museum >>
HP はこちら
<< Grants-Millan Flight Service Station >>
1116 N. Dale Carnutte Rd. Grants NM  1953年〜  関連 HP はこちら
アメリカ国内での飛行の旅の安全を改善を助けるために建てられたが、 1973 年には廃墟となり、改装されて 2012 年まで倉庫として利用されていた。 2010 年から 2011 年にかけて、市の Grants’ Airport Board の一員である Dick Cochran が歴史保存の為の改修を計画し、The Aviation Museum Project が 2012 年に始まり、数年後の完成目指してボランテイアの方達が協力して出来上がった。 the National Register of Historic Placesに登録された事に関する記事はこちら the National Register of Historic Places に登録
Route 66 ブログ はこちら
■ ■ Uranium Cafe ■ ■
519 West Santa Fe Avenue, Grants, NM   1956 年〜  関連 HP はこちら クラシックなネオンサインで有名な New Mwxico Grants の Route 66 のランドマーク。 以前は “Five Brothers Uranuim Café”、”Golden 50’s Café” と呼ばれていて、 古い 1955 年のシボレーが店内の壁に埋め込まれている事で有名で、家族経営の店で、メキシコ料理が名物だった。
処理済ウラニュームが Yellow cakes とも呼ばれたので、 それに見立てた "Giants Mufated Pancakes" が人気だった。 1997 年からは Johny Callaham がオーナー。

Photo by Frank Romeo (https://www.facebook.com/frank.romeo.10)
今は ”Badland’s Burgers” になっていて、 Badland Burger は 2009 年の the Governor’s Green Chili Cheeseburger Challege で、 New Mexico ‘s Best Green Chili Cheeseburger で優勝した。 Badlamds のオーナー Daniel Chavez は 州で最高の賞を取ったことを誇りに思い、 Alfredo Garza とともに Uranium Café の中にレストランを共に再オープンした。 長年愛され続けてきた Cafe は近年オープンとクローズをが繰り返されているが、 二人のオーナーは今後再開の大きなプランを持っている。
Route 66 ブログ はこちら
■ ■ West Theatre ■ ■
118 W. Santa Fe Ave. Grants NM  関連 HP はこちら  Facebook はこちら
Grants にあった 3 軒の映画館の内の最後の1軒で、 もともとは1スクリーンだったが、2 スクリーンに改装。 2 番めのスクリーンの為にバルコニーを変えた。
 

2015年6月撮影
 
2 階建てで、上の部分はオフホワイトで、下の部分は濃いオレンジ色で塗られている。 トップに大きな輝く星と垂直に描かれた ”West” の文字の付いた小さな V 時型のマーキーがある。 このネオンサインが有名。 劇場では最初に両方の部屋で出し物をやる。
Route 66 ブログ はこちら
■ ■ the Wayside Motel ■ ■
Mesa View Elementary School の隣にある。  関連 HP はこちら  関連 HP はこちら
廃墟となっているが、今だに往時の面影をとどめ、ネオンサインも健在。
Route 66 ブログ はこちら
 

2015年6月撮影
■ ■ その他の見どころ ■ ■
Riverwalk Park、Double 6 Gallery、Mother Whileside Memorial Library、Northwest New Mexico Visitors Center ;
Lux Theatre
Grants のMotel
Grants のCafe & Store
Grants 散歩
 
<<WEST EAST>>

≫ 続きを読む

Grants/New Mexico  2015/09/19  route66jpinfo

San Jon/New Mexico


Route 66 in New Mexico
 
= San Jon =
<<WEST       EAST>>
Quay County  Wikipedia はこちら
J は H のように発音するので、San Hon と発音する。
東側から Route 66 で New Mexico に入るとすぐの小さな町。 1902 年に出来た町で、1904 年に鉄道が開通した後は 牧場と牛の配送センターの重要拠点となっていた。

 

街のランドマークともなっている給水塔
2013年9月撮影

その後 Route 66 の人気で町は大きくなり、 かつては US Route 66 の重要な地方の商業の中心で、ガソリンスタンド、カフェやモーテルなど、色々な旅人たち向けのビジネスが出来た。
1946 年の人口は 250 人で、 当時は初期の Route 66 の旅人たちの立ち寄り処だったし、 土曜の夜は何年もの間、疲れを癒してくれる色々な催しや遊びを提供してくれる街となって、地方のカウボーイのたまり場として盛り上がっていた。

が 1981 年に、I-40 でバイパス化されると、 ほとんどの車は通過して Tucumcari へと行ってしまうので、経済は落ち込み、 ビジネスのほとんどが潰れてしまった。 今日、たった1軒のモーテルだけが営業しており、ガソリンスタンドもなく、 無料の市営キャンプ場が残っている小さな農業の村となってしまっていて、 レストラン関係は町の北側の I-40 のインターチェンジ付近に集中してしまっている。
Route 66 ブログ はこちら

 
<<San Jon Motel>>
715 E Main Ave, San Jon, NM
1軒だけ残っているモーテル


<<Western Motel>>
廃墟となってしまったMotel。錆びた看板だけが残っている。


 
■ ■ San Jon の廃墟 ■ ■

かつては Route 66 沿いにたくさんあった Whitteing Brothers のガソリンスタンド。
今は、錆びてしまった有名な看板だけがのこっている。

2013年9月撮影

Shell のガソリンスタンドも廃墟に!
2013年9月撮影

ここもガソリンスタンドだったようで。
2013年9月撮影

2013年9月撮影

2013年9月撮影
 
<<WEST EAST>>

≫ 続きを読む

newmexico  2015/05/16  route66jpinfo

Cuervo


Route 66 in New Mexico
 
= Cuervo =
<<WEST       EAST>>
Guadalupe County  関連 HP はこちら
スペイン語の「カラス」から町の名前が付いた。昔はきっとたくさんのカラスがいたのでしょうね。
1901 年、the Chicago , Rock Island, and Pacific Railroad の鉄道が敷かれた時、町は水の補給基地となり、以降、鉄道沿いの町として発展していった。 又 1910 年頃には、牛と羊の牧場もでき、こちらも少しづつ大きくなっていく。

1926 年、Route 66 が町を通ることになり、 これによって、いくつかのガソリンスタンドやホテルが出来たし、 1930 年頃には、学校や教会も2つ建てられ、 それなりに少しづつ発展していった。 が 1960 年代末のバイパスの建設が町に破滅をもたらした。

東側の I-40 の Exit291 を降りた所。
あと1mile で Cuervo、Gas Food とあるけれど.....
Route 66 のすぐ横を I-40 が通る。

2013年9月撮影

I-40 が街の中心部を真っ直ぐに貫いて通ると、 Albuquerque と Tucumcari の間を走るほとんどの人達は、 気にも止めずに、町を通り過ぎてしまうことになった。 それで、ほとんどのビジネスは成り立たなくなり、 住民達は、町を捨てて移り住み、あっと言う間にゴーストタウンとなってしまった。

       I-40 を挟んで向こう側にも廃墟が並ぶ。
             2013年9月撮影
         Route 66 沿いに並ぶ廃墟。
              2013年9月撮影
 
今では少しの人達は住んでいるけれど、Cuervo はアメリカの中でも有名なゴーストタウンの一つ。 往時を忍ばせる教会、ガソリンスタンド、学校等の廃墟が静かに佇むだけの寂しい町だけれど、なんとなく風情を感じる町である。

Route 66ブログはこちら

 

      1軒だけ残っているガソリンスタンド
       それなりの需要はあるようで

             2013年9月撮影

       こちらも1軒だけの車の修理工場
        田舎だからこそ必要ですね。

              2013年9月撮影
 

      廃墟となってしまったカソリック教会
  第一次大戦後に建てられたが、今は機能していない。

        Courtesy of Kathy Weiser,Legends of America.
      http://www.legendsofamerica.com/66-main.html

        廃墟となったバプテスト教会
        一時は人気のあった教会も今は。

         Courtesy of Kathy Weiser,Legends of America.
        http://www.legendsofamerica.com/66-main.html
 

      往時は壁面にきっと大きな広告が。
            2013年9月撮影
     元は大きなガソリンスタンドだったのでしょうね。
            Courtesy of David Taylor
   http://urbex.50megs.com//Places/USA/Route%2066/Route%2066.html
 
<<WEST EAST>>

≫ 続きを読む

newmexico  2014/09/11  route66jpinfo

Santa Rosa


Route 66 in New Mexico
 
= Santa Rosa =
<<WEST       EAST>>
Guadalupe County  HP はこちら  wikipedia はこちら  Santa Rosa City Guide HP はこちら
たくさんの湖と川があり、「自然の湖の町」として知られる美しい町。

1865 年、最初のヨーロッパ人達が住み始めたのは、「Aqua Negra Chiquita」(小さな黒い水)と呼ばれる場所だった。 1890年代に、街の名前は教会を建てた Don Celso Baca (街の創立者) の母親の名前と「Saint Rosa of Lima」から名前をとって Santa Rosa (スペイン語で聖なるバラ) に変えられた。

教会が作られたりしたが、 1901 年に「Chicago Rock & Island & Pacific Railroad」の鉄道が敷かれるまでは小さな村だった。 その後、地域のハブとして重要な役割を担って大きくなっていく。
1930 年、Route 66 が町を通ることになり、輸送サービスが増えていくし、 次の大きな町 Albuquerque までは相当な距離があるので、 長くて暑い荒れた道を旅してきた人々にとって、 砂漠のオアシス的存在で、ガソリンスタンド、メインテナンスの工場、たくさんのカフェ、モーテル、ショップ等が出来た。

old Route 66 に関しては Rudolf Anaja の受賞小説「Bless Me」に描かれているし、又 Santa Rosa の Pecos River 橋や Park Lake、Blue Hole 等が描かれている John Steinbeck の「怒りの葡萄」もある。
1940 年、John Ford 監督が「怒りの葡萄」を映画化。 記憶に残る Pecos River の鉄橋を渡る貨物列車を見ている日没時のシーンは、 Santa Rosa で撮影された。
 

 町の東側のはずれに立つ案内板。近くに廃墟がたくさん。
2013年9月撮影
 
1972 年に I-40 が開通。 町に近いこともあって、町はより発展したが、Route 66 沿いのビジネスの中には時代に対応できずになくなっていったものも多く、街とその周辺には廃墟も多い。
しかし 20 年以上もの間、生き残ってきたビジネスもたくさんあり、往時の面影を残している良い雰囲気の街である。
Route 66 ブログ はこちら
■ ■ Route 66 Auto Museum ■ ■
2866 Will Rogers Dr. Santa Rosa  1999 年〜  HP はこちら
Route 66 沿いに、黄色い車がてっぺんに乗った目立つポールが目印。 約 60 台の整備された美しいクラシックカーとトラックを展示。 広い敷地内にもたくさんの Vintage Car が置かれていて、車好きにはたまらない場所。 ディスプレーもおしゃれ!
オーナーは James「BOZO」と Anna Cordova。 入場料は $5 だけど、立ち寄る価値のある所。 ここのショップも見逃せない。
Route 66 ブログ はこちら

     Route 66 沿いのこのポール、目立ちます。
             2013年9月撮影

 大きな建物の横壁。西行き Route 66 から良く見える。
             2013年9月撮影
 

             2013年9月撮影

              2013年9月撮影
 
  •  

  ショップコーナーのディスプレー。おしゃれ〜!
            2013年9月撮影

       入り口入ってすぐは広いカフェコーナー
                 2013年9月撮影
 
■ ■ Club Cafe ■ ■
Phillip Craig と Floyd Shawl が 1935 年に、Santa Rosa の Route 66 沿いにオープンした Café。 Route 66 は町の真ん中を抜けていて、通る人達も多かったので、初めの 5 年間は大繁盛。おいしい家庭料理とトレードマークの「Fat Man」で人気だった。 このおじさんの顔は Club Café だけでなく、Route 66 を旅する人達にとって、Santa Rosa の顔となっていた。

 

Auto Museum の片隅に置かれている Club Cafe のトレードマークの看板
2013年9月撮影

1972 年に I-40 が開通。Santa Rosa はインターも近かったし、砂漠の中のオアシスとして、他の街に比べると影響は少なかったが、それでも 1980 年代末頃から少しづつ客足も遠のき、Club Cafeもとうとう 1991 年にクローズ。 今は大きな広告塔と廃墟が残るだけ。 Route 66 ブログ はこちら

            Courtesy of Daniel
          http://www.takemytrip.com

        Courtesy of Daniel
       http://www.takemytrip.com
 
その後店を Joseph's Bar & Grill のオーナーが買い取り、 自分の店でトレードマークを復活させている。
Route 66 ブログ はこちら
 
■ ■ Joseph's Bar & Grill ■ ■
865 Will Rogers Dr Santa Rosa, NM   facebook ページはこちら

Courtesy of David Taylor
http://urbex.50megs.com//Places/USA/Route%2066/Route%2066.html

1956 年に Jose Campos が La Fiesta Restaurant を作った。 彼は 1985 年に引退し、息子の Joseph に店を譲り、Joseph's Bar & Grill と名前を変え、Route 66 の旅人たちに、父親達が提供してきた料理を引き続き提供していった。

50 年以上続いた Club Cafe が 1991 年に閉店した後、 Joseph と妻の Christina は、 Club Cafe を再オープンする目的で、店を買ったが、店はかなり荒れていたので、経営していた Joseph’s Bar & Grill へと本拠地を移し、Club Cafe のトレードマークだった「Fat Man」を店のトレードマークとして、 新たな Joseph’s Bar & Grill を開いた。
ここは父親の Jose、そして Club Cafe のオーナー Philipe Craig と Floyd Shawl の意志とポリシーを受け継いでのレストラン経営で、今だに Route 66 沿いの人気店となっている。
Route 66 ブログ はこちら
■ ■ Route 66 Restaurant ■ ■
2295 Historic Route 66 SAnta Rosa NM
Santa Rosa の西の町外れにある。 大きな目立つ看板ですぐわかるメキシコ料理のレストラン。 以前は Lette’s Route 66 Restaurant という名前だった。
Route 66 ブログ はこちら

2013年9月撮影
 
■ ■ Guadalupa County Courthouse (裁判所) ■ ■
1120 Historic Route 66 Santa Rosa NM  1909年〜
ロマネスクリバイバル様式で建てられた石作りの素晴らしい建築。 Santa Rosa の Route 66 沿いで特に印象に残る建物。 1946 年、建物のすぐ左側に、モダンなデザインの裁判所が増築されている。
the National Register of Historic Places に登録。
Route 66 ブログ はこちら

Courtesy of David Taylor
http://urbex.50megs.com//Places/USA/Route%2066/Route%2066.html


■ ■ Blue Hole ■ ■
Wikipedia はこちら  関連 HP はこちら
Santa Rosa の東にある深いきれいなブルーの丸い形の池で、直径は 24m だけど、深さは 40m もある。アメリカ国内でのスキューバダイビングやそのトレーニングでは、最も人気の高い場所の一つ。かつては魚のふ化場として使われていた井戸で、年中 18 度の水がこんこんと湧き出ている。
Route 66 ブログ はこちら

 

Courtesy of Robert Medlin

<<WEST EAST>>

≫ 続きを読む

newmexico  2014/09/03  route66jpinfo

Tucumcari


Route 66 in New Mexico
 
= Tucumcari =
<<WEST EAST>>
Quay County  HPはこちら  wikipediaはこちら
Quay County が出来る2年前の1901年にできた中西部の大きな町。 鉄道が1901年に敷かれてから繁栄するようになったが、 かっては「Six Shooter Siding」とあだ名を付けられるほど サロンと無法者があふれた、鉄道労働者のキャンプとして始まった街だった。
1926年に Route 66 が開通すると、 Route 66 を通る旅人相手のビジネスがたくさん出来たし、 その全盛期には、この地域で、 Hollywood の西部劇映画がたくさん撮影された人気の街だった。

1946年には人口も6000人を超え、砂漠の中でもっとも大きい都市となり、 今でもRoute 66 沿いで、重要ないくつかの町の一つとなっている。

 

100mile手前でも見かける「Tucumcari Tinite」の看板
 2013年9月撮影
 
何十年もの間の「Tucumcari Tonite」キャンペーンの大成功のお陰で、 旅人達は一夜を過ごすのに 、Tucumcari は良い場所だと知っているし、 Route 66 に沿って遠くからでも見える輝いて点滅するネオンサインが、ドライバー達を誘う。 そして到着した時もたくさんの輝く電球とネオンが歓迎してくれる。
 

 ネオン瞬く夜の Tucumcari の Route 66
  2013年9月撮影
Tucumcari の看板とネオンサインの写真集はこちら
全盛期にはモーテルは約2000室あったが、今は1200室位に減ってしまった。 廃墟となりつつある所もあるが、いまだに見栄えも良く、少しファンキーで、 Route 66 沿いで人気のモーテルもたくさんある。
Route 66 ブログはこちら
 
■ ■ the Route 66 Monument ■ ■
1997年に創設  関連HPはこちら
町の西側の入り口にあるランドマークとなるモニュメント。 「Tucumcari Convention Center」(1500 W Tucumcari Blvd.)の正面にある。 Mother Road への尊敬の思いを込めて、作られたもので、 アーテイスト Tom Coffin が、Tucumcari、the New Mexico Highway Dept. の指名を受けて制作。テキサス、メキシコの寺院を思わせるデザイン。すべてが西を向いている。
Route 66 ブログ はこちら

 

2013年9月撮影
 
■ ■ Tucumcari Historical Museum ■ ■
416 South Adams St, Tucumcari, NM  HP はこちら  facebook ページはこちら
元々は1903年に出来た学校の校舎を改装して作られた博物館で、 紀元前12000年前のインデイアンの工芸品から、 1926年のシボレー消防車まで、その他色々なアイテムを展示している。 普通の人々の為の博物館で、古いものでは巨大な屋根裏部屋のようなものまである。
Route 66 ブログ はこちら

 

2013年9月撮影
 
■ ■ Blue Swallow Motel ■ ■
15 E Rt 66 Blvd Tucumcari  HP はこちら  関連HP はこちら
1939年からずっとRoute 66 とともにある Tucumcari で一番有名なモーテル。 かってSanta Fe 鉄道の全盛期の頃からの Haevey Girl だっ Lillian Redman が所有権を持っていて、経営していた。
1998年、往時から、この古いモーテルの本当の魅力を守り続けてきた Hilda と Dale Bakke に引き継がれた。
ここのネオンサインは素晴らしくて、Mother Road 沿いで最高のネオンサインの一つ。いまだに Tucumcari で一夜を過ごす疲れた旅人達を歓迎するかの様に輝いている。
ここに泊まると、ベッドの側のナイトテーブルの上に、 ちゃんと使える古い電話が置いてあるようなインテリアで、 old Mother Road の古き良き時代を彷彿とさせてくれる。
the National Register of Historic Places に登録
Route 66 ブログはこちら

                 2013年9月撮影



    ひときわ目立つネオンサイン
         2013年9月撮影
 

          建物の壁画も素晴らしい。
              2013年9月撮影

      ジェームス・デイーンがお出迎え。
              2013年9月撮影
 
■ ■ Tee Pee Curios ■ ■
924 E. Tucumcari NM  1948年頃(Route 66が2車線の時代)〜  facebook ページはこちら
関連HP はこちら
Tucumcari を代表する有名店の1店。 始めは食料雑貨、肉と骨董品等を販売する Gulf のガソリンスタンドだった。 Route 66 が広げられた時に、ガソリンスタンドを廃業。 それは結果的に良くて、骨董品を売って大成功。 今は面白いお土産の雑貨やインディアングッズを売っている。
正面の大きなネオンサインはおしゃれで有名。 政府が改装費用を援助基金として、約1万ドルを支払ってくれ、それで改装した。
Route 66 ブログ はこちら

                 2013年9月撮影

  店の前にはおしゃれな Vintage Car。
         2013年9月撮影
 
■ ■ La Cita Mexican Restaurant ■ ■
820 S 1st St. Tucumcari  関連HP はこちら  facebook はこちら
1940年創立だが、レストランになったのは1961年。 メキシコ料理のお店 2003年にペンキを塗りなおして改装したが、2004年に閉店。 しかし Route 66 のランドマークでもあるので、 Pow Wow Inn & Restaurant の関係者の管理の下に2006年1月に再オープンした。
Route 66 ブログはこちら

                   2013年9月撮影

       2013年9月撮影
 
■ ■ Cuctus RV Park ■ ■
1316 E Tucumcari Blvd.  HP はこちら
I.E. and Edna Perry が1941年にロッジをオープン。 その後U字型の3つの wing のユニット、ダンスホール、オフィスが追加されてモーテルとなった。
1952年、Norm Wegner がモーテルを買い、 おしゃれな石の外壁にし、ダンスホールはオフィスに改装。
Route 66 がバイパス化された後、モーテルはビジネスにならなかったが、 1990 年代にはRVパークとなり、今はモーテルは使用されていない。 モーテルのネオンサインは2008 年にリストアされているのもだけど、雰囲気のあるおしゃれなデザイン。
the National Register of Historic Places に登録。
Route 66 ブログはこちら

2013年9月撮影
 
  ■ Tucumcari の街はおしゃれなモーテルや看板、ネオンサインがたくさん ■
   ■ ■ Palomino Motel ■ ■

              2013年9月撮影
 1215 E Route 66 Blvd.Tucumcari
 段々少なくなってきた大きなネオンサインですが。
 Route 66 ブログはこちら
   ■ ■ Motel Safari ■ ■
        2013年9月撮影
  722 E Route 66 Blvd.Tucumcari
  Facebook ページはこちら  関連HP はこちら
  Route 66 ブログはこちら
■ ■ Pow Wow Restaurant & Lounge ■ ■

           2013年9月撮影
 801 W Tucumcari Boulevard, Tucumcari,
 1959年〜
 元々は1939年操業の「Lin’s Courts」と言う名のモーテル。
 HP はこちら
 おしゃれな看板が有名!
 Route 66 ブログはこちら

 
 ■ ■ Americana Motel ■ ■
           2013年9月撮影
     406 E Route 66 Blvd, Tucumcari, NM
     ノスタルジックな雰囲気で人気!
     Route 66 ブログはこちら
♪ 素敵な壁画がたくさんある町 ♪

              2013年9月撮影

              2013年9月撮影

          2013年9月撮影

                2013年9月撮影
<<WEST EAST>>

≫ 続きを読む

newmexico  2014/07/30  route66jpinfo

Santa Fe


Route 66 in New Mexico
 
= Santa Fe =
<<WEST EAST>>
Santa Fe County  New Mexico 州の州都。  HP はこちら  wikipedia はこちら
町の名前はスペイン語で「聖なる信仰」と言う意味。 1607 年に出来た古都で、アメリカに現存する都市としては、 フロリダの St.Augustine(1566年創設)についで古い。 「アメリカの宝石」と呼ばれ、歴史的な町並みや建築物が沢山残っているし、独特の食文化を持つ観光都市。 また多くのアーテイストが住んでいて、催し物も多く、「芸術の町」としても知られている。

元々はプエブロインディアンが住んでいた土地で、15 世紀にはもう5000 人もの人々の街ができていた。 その後長い歴史の中で、メキシコ領になったり、スペイン人に支配されたり。 1824 年メキシコ独立戦争終結で、メキシコ領の州都となったが、 1846 年〜1848 年の米墨戦争ではアメリカが勝って、ニューメキシコ州に入れる事になった。 その後コマンチ族の土地へとアメリカが侵略していく中で、 町は生活物資供給の重要な役目をし、アメリカの経済発展や居住の地域を開くことになっていった。 Kansas を横断し、Santa Fe を通り、Colorado の南東の角と北 New Mexico へと続く道は「National Scenic Byway Santa Fe Trail 」と名づけられ、この道が後のRoute 66 となる。

1926 年に Route 66 が開通した時、 Route 66 を通る旅人相手のビジネスがたくさん出来たし、 この全盛期には、この地域で Hollywood の西部劇映画がたくさん撮影された人気の街だった。

1937 年にバイパスが出来、Albuquerque から Santa Rosa までがほぼ直線コースになったが、北側にぐっと半円を描く遠周りの道でも、Santa Fe を通る Route 66 は、観光で訪れる人達も多く、又「Santa Fe National Historic Trail」として、「National Park Service」が道を管理していて、今でも人気の道となっている。
Route 66 ブログはこちら

色の統一感があり、しっくりと落ち着いた町並み
2013 年9月撮影
 

     町の駐車場も雰囲気に合わせて作られていて。
                2013 年9月撮影


ショッピングアーケードも落ち着いた雰囲気
         2013 年9月撮影
  町中の Route 66 Water Ave, にはサインが。
            2013 年9月撮影
 
■ ■ Santa Fe Plaza ■ ■
100 Old Santa Fe Trl, Santa Fe,   wikipedia はこちら
The Plaza として知られていて、大きな木とベンチが並び、中央に広い公園がある歴史ある場所。 公園を囲む建物の多くはスペインの植民地時代そのままの状態で維持されている。 ショップ、ホテル、レストラン等の他、 政府の The Palace, St.Francis Cathedral, Loretto Chapel 等のランドマークとなる有名な建物や、 スペイン人達や、Santa Fe のインデイアンたちの市場もここにある。
the National Register of Historic Places に登録。
Route 66 ブログはこちら
  • Santa Fe Plaza のドライブを!
■ ■ the Cathedral Basilica of St. Francis of Assisi. ■ ■
131 Cathedral Pl Santa Fe,  HP はこちら  wikipedia はこちら
ダウンタウンの中心的存在で、ローマカソリックの教会。 1869〜1886 年の間に古いアドーベ教会 La Pamoquia (1714〜1717 年に建設)の場所に、 大司教 Jeen Baptiste Lamy によって建てられた。
それよりももっと早く、1626 年にはやはり同じ場所にあった教会は、1680 年のPueblo の反乱で壊されてしまった。大聖堂の北側の小さな教会は古い教会の名残。

フランスで生まれた大司教 Lamy は、その影響で周囲のアドーベ建築とは違ったドラマチックな外観のロマネスク・リバイバル様式のデザインを考えていたので、 大聖堂はコリント風の柱、塔、特徴ある丸いアーチ、 正面の大きな丸い窓と本堂の側面の窓の中の12使徒はフランスの Clement-Ferrand から輸入されたものだった。 160 feet の尖塔がてっぺんに配するように元々は設計されていたが、 資金不足の為に作られなかった。
大聖堂は今の場所の近くから運ばれた黄色の limestone の石で作られ、 2005 年の追加工事では神聖の象徴の鳩を表した丸い小さな窓が付けられた。 これはバチカンの St.Peter’s Baslica で見られるイタリアのバロックの芸術家 Bemini によって、 17世紀にデザインされたものを、半透明の雪化石膏で作ったレプリカである。
「The Cathedral of Saint Francis of Assisi」は、 公式に 2005 年10月4日に Benedict XVI 大司教によって、「the Cathedral Basilica of Saint Francis of Assisi.」に昇格された。
Route 66 ブログはこちら

  通りの突き当りに堂々とした風格で。
    2013 年9月撮影
 
           素晴らしい雰囲気の教会内
                  2013 年9月撮影

   ステンドグラスが美しい。
        2013 年9月撮影
■ ■ La Fonda Hotel ■ ■
100 E San Francisco Santa Fe   1922 年〜  HP はこちら
アドーベスタイルの建築で、 外観もインテリアもしっとりと落ち着いた雰囲気。 1926〜1968 年までは「Fred Harvey House Hotel」だった。 1920 年代、ここが Santa Fe 鉄道の終点だったので、 「Old Exchange Hotel」、又「The Inn at the End of the Trail」(道の最後の宿)とも呼ばれている。
Route 66 ブログはこちら

           アドーべの壁が素敵な外観
                  2013 年9月撮影

      街並みとも調和して
          2013 年9月撮影
往時ここは Indian ツアーの拠点で、ここに宿泊しては Indiain の村を訪ねるツアーが人気だった。
又旅人達にギャンブル場として人気だったが、 とあるセールスマンが、会社のお金を使い果たし、 井戸に身を投げて死に、その幽霊が出ることでも有名。

 
■ ■ Lorreto Chapel ■ ■
207 Old Santa Fe Trail Santa Fe, NM 87501  1873 年〜  HP はこちら  wikipedia はこちら
歴史ある教会で「奇跡の階段」と呼ばれる螺旋階段で有名。

  2013 年9月撮影
1872年、Sisters of Lorreto のケアの為の「Our Lady of Light Chapel」と名づけられた教会の建設が始まる。 建築材料はフランスから輸入され、パリの聖 Chacelle 教会をまね、 フランス人建築家 Antoine Mouly によって、小規模なゴシック様式で設計された。
ところがこの建築家が突然亡くなり、礼拝堂が小さいので、普通のサイズの階段が出来ず、聖歌隊のロフトに通じる階段が設計上出来ないことがわかる。
ロフトへの階段は必要で、修道女達がそのためのお祈りを続けて10 日目の祈りが終わった時に、 みすぼらしい一人の男が現れ、階段を作ることを申し出た。
ただ3ヶ月の間、完璧に密室状態にしておくように頼んで。 そして見事な螺旋階段が出来上がったが、その時その男は消えていた。
その男こそ奇跡を起す St. Joseph だと言われている。
螺旋階段は見事なフォルムで、まさに奇跡としか言いようが無いできばえ。

この螺旋階段の3つの謎。
1)誰が作ったのかわからない。
2)真ん中の支柱無しで、
   どうやって作られたのかわからない。
3)素材の木はこの地方には無いもので、
   どこからどうやって運んできたのかわからない。
 他にも色々と謎が多い「奇跡の階段」です。
Route 66 ブログはこちら

  教会内の片隅にある「奇跡の階段」
        2013 年9月撮影
 

    狭いながらも素晴らしい空間
         2013 年9月撮影

    魅力のステンドグラス
       2013 年9月撮影
「The Staircase」 [DVD] (1998)
Loretta Cahpel の「奇跡の階段」の伝説に基づいたドラマが映画化されている。
出演: Barbara Hershey, William L. Petersen, Diane Ladd
 
■ ■ Lensic Performing Arts Center ■ ■
211 W San Francisco St, Santa Fe, NM 87501  1931 年〜 HP はこちら facebook page はこちら
821 席の劇場で、Albuquerque の KiMo Theater 他、有名な映画館やボードビル劇場を設計した建築家 Kansas City の Boller Brothers が設計。
最初は映画館としてスタートしたが、現在では演劇・音楽コンサートなどに幅広く使われており、学会や国際会議が開催されることもあるし、サンタフェ室内楽祭(Santa Fe Chamber Music Festival)の会場ともなっている。
又サンタフェ交響楽団(Santa Fe Symphony Orchestra & Chorus)やアスペン・サンタフェバレエ団(Aspen Santa Fe Ballet)の本拠でもある。
Route 66 ブログはこちら

  重厚な作りは街中でも存在感があります。
    2013 年9月撮影
■ ■ Old Pecos Trail ■ ■
古い Route 66 が Old Pecos Trail(HWY466)として残っている。 標識もちゃんとあるけれど、これが Route 66 だとはあまり知られていないようで。

  Old Pecos Trail の道路表示
     2013 年9月撮影
 
■ ■ Pecos trail Cafe ■ ■
2239 Old Pecos Trail Santa Fe  Facebook ページはこちら
丘を越して Old Las vegas Highway へと続く Old Pecos Trail の丘のてっぺんにあるメキシカンレストラン。
ここからの夕日の眺めは素晴らしい。
Route 66 ブログはこちら

 

眼下に Santa Fe の街を見下ろす「Pecos trail Cafe」からの夕焼け
    2013 年9月撮影
 
<<WEST EAST>>

≫ 続きを読む

newmexico  2014/07/30  route66jpinfo

Albuquerque


Route 66 in New Mexico
 
= Albuquerque =
<<WEST EAST>>
Bernalillo County  HPはこちら  wikipediaはこちら
アメリカ中央部に位置する、New Mexico州最大の商工業都市。 1706年に創建されたアメリカ西部の中でも有数の歴史の古い都市。 市の名前は当時のメキシコ副王に由来。 人口は48万人、都市圏人口は80万人弱と決して大きくはないが、 近年IT産業の発達における内陸工業都市として注目を浴び、人口が増大している。
古くから交易の中心地として栄え、19世紀以降入植者が急増。 農牧業が古くから盛んであったが、以後は織物業から機械工業、更に半導体産業が発達しているし、 又原子力研究の最先端基地でもあった。

 

街の中心部を走るCentral Ave.が Route 66
2013年9月撮影

 
また、観光、保養都市としても知られ、 中でもスペイン文化を色濃く残す「Old Town」が観光客の目を惹いており、 一帯には多くの文化施設やカフェ、土産物店が軒を並べる。 近郊にはNative IndianのPueblo(日干し煉瓦による積層集落)が幾つも見られ、 同地には「プエブロインディアン文化センター(Indian Peblo Cultural Center)」があり、その伝統的な行事や工芸品を見学することが出来る。
古い街だけあってthe National Register of Historic Placesもたくさん。
Route 66 ブログはこちら
■ ■ Old Town ■ ■
HPはこちら
1706年にスペイン人によって作られた歴史的な地区が、 今では130軒以上のお土産品屋、小さなギャラリー、レストラン等がある観光名所に。 Central Plazaを中心に、約10棟の古いレンガ作りのビルを中心とした雰囲気のあるショッピングモール。 Plazaの北側は1793年に建てられた「San Felipe de Neri Church」があり、 又東側には 「New Mexico Museum of Natural History and Science,」「Exploral Science Center and Children’s Museum」「American International Rattlesnake Museum(アメリカ国際ガラガラ蛇博物館)」等がある。
ここは1940年代まではAlbuqureque市には入っていなかった地区だけど、今では一番の名所。 Old Townのガイド付きウオーキングツアーもあり、クリスマス時期には通り全体のイルミネーションがきれいなことで有名。
Route 66 ブログはこちら
 

     Old Town全体が落ち着いたメキシコ風。
              2013年9月撮影

  この街のおまわりさんは自転車で巡回。制服もラフ。
             2013年9月撮影
 

    Old Town内、市内の近場を走るトロリーカー
              2013年9月撮影
■ ■ San Felipe de Neri Church  ■ ■
North Plaza St. Old Town  HPはこちら  wikipediaはこちら
Old Townの北側に1706年に建てられた教会。 1792 年に水害で倒壊するまでは、Don Louis Plazaが建っている通りの向かい側にあったが、 1973年に今の場所に再建された。 1861年に塔を増築、1878年にParish School、1881年には女性の為の修道院が教会の西側に建てられた。 Albuquerqueの中で現存する最も古い建物の一つ。今は複合的な教会の内外を幅広く改修中。
the National Registered of Historic Places、N.M. State Register of Cultural Propertiesに登録されている。
Route 66 ブログはこちら
    Old Townの中でもひときわ目立つ教会
            2013年9月撮影
     礼拝堂の中の荘厳な雰囲気は感動ものです。
               2013年9月撮影
■ ■ KiMo Theater  ■ ■
423 Central Avenue NW,  HPはこちら  wikipediaはこちら
1885年にアメリカへ移住して成功した企業家Oreste Bachechiが Route 66沿いに1927年に建てた劇場。
Oreste Bachechiは事業で成功するや、Pastime Theatreを運営するために、 1919年Bachechi Amusement Associationを作り、 1925年、本当の夢(南西部スタイルの独自の劇場を作る)実現の為に、 $150000をかけ、1927年9月に劇場をオープン。最初は人気のサイレントムービーを上映した。
又ネーミングコンテストで、「KIMo」と言う奇妙な名前が選ばれた。 これは「Mountain Lion」、「最高の劇場 King of its Kind」と言う意味のIndianの言葉。

Albuquerqueで最も良く知られた建物で、Puebloアールデコリバイバル様式で、南西部をテーマとした建築物の中ではもっとも美しい建物として有名。 Pueblo Art Decoは、全盛期中約20年間流行した様式で、 アメリカの楽天主義や南西部のIndianの文化のスピリットにも影響を及ぼした。
彼は夢が実現した翌年になくなったが、息子達が経営を受け継ぎ、 映画だけでなく、色々な演目をもやるようになった。

奇抜でありながら風格あるデザインが目を惹きます。
2013年9月撮影

 
1951年に6歳のBobbyが劇場内で、事故で亡くなり、それ以降幽霊が出ると言われている。 又1963年には大火に見舞われ、本来のステージがほとんど焼けてしまい、 その後次第に寂れていったけれど、 市民運動が起こり、1977年に市が買い取って、少し筒元の状態に戻す改装をし、 今では往時を忍ばせる700席の劇場として運営されている。

インテリアはこの地域のNative Americanの影響を受けた彫刻や装飾が素晴らしく、 有名な南西部のアーテイストCari von Hasslerが描いた「Cibolaの7つの町」の壁画もある。
 

Photo courtesy of ”The Road Wanderer”
http://www.theroadwanderer.net/index.htm

インテリアに鍵十字が施されているが、これはナチスドイツと関連したものではなく、何千年も前から世界のあちこちの文化の中で、平和、生命、調和のシンボルとして使われており、Native Americanの中でも、重要なシンボルとして使われていたマーク。 特にHopi族では風の4方向をあらわす印であった。 1927年に建てられた時は、問題なかったが、その後ヒットラーの出現でイメージが変わってしまった。
the National Register of Historical Places、N.M. State Register of Cultural Properties、Albuquerque Historic Landmarkに登録されている。
Route 66 ブログはこちら

 
   入り口のデザイン、色、装飾、圧倒されます。
            2013年9月撮影
          横の通りから見ると。
              2013年9月撮影
■ ■ El Ray Theater  ■ ■
620 Central Ave. SW Albuquerque   HPはこちら  Facebookページはこちら
1929年、Creste & Maria Plachechiが「KiMoTheatre」を作ったすぐ後に、 Luigi Pucciniが今も「Puccini’s Golden West Saloon」として知られる「Puccono Building」を建てた。
Lembke Constructiojnによって建てられたこのビルは、最初は雑貨屋、後に塗料屋、ランプ屋となり、 そしてサロンとなった。 1941年に建築家Joseph B.Burwinkleがサロンの正面をつないで作ったのがEl Ray Theaterで、 Spanish Missionスタイルで作られている。
Route 66 ブログはこちら

 

2013年9月撮影
■ ■ the 66 Diner  ■ ■
1405 Central NE Albuquerque  HPはこちら  facebook pageはこちら
1946年に出来、以前は「Phillips 66 gas station」だったが、1967年に「Route 66 Diner」に名前を変えてDinerに。
1995年に火事で焼けたが、1996年におしゃれに再建。 モダンストリームラインの作りで、50年代のムードを味わえるDinerとしてAlbuquerqurで一番人気。
Route 66 ブログはこちら

        Route 66 沿いにひときわ目立つ白い外観
                 2013年9月撮影


        夜の顔もおしゃれ!
        Photo courtesy of ”The Road Wanderer”
        http://www.theroadwanderer.net/index.htm
 
    Route 66沿いにカラフルなボードが。
            2013年9月撮影
        店内は50年代でワクワク!
             2013年9月撮影
 
          カウンターも50年代らしく!
                 2013年9月撮影
■ ■ Nob Hill  ■ ■
1947年〜  HPはこちら  wikipediaはこちら
the Central Ave.( Route 66 ) の東側、the University of New Mexicoの東側、 Route 66を挟んで、 シッピング、レストラン等が軒を連ねるおしゃれなエリア。 1925年〜1950年の間に発展した地域で、今も当時のムードが漂う。

 
                 Nob Hillの中心 Nob Hill Shopping Center
          この地区はthe National Register of Historic Placesに登録されている

                           2013年9月撮影
 

    Nob Hillを走る路線バスのNo.は66
            2013年9月撮影

       メキシコを感じる明るい色の町並み
                2013年9月撮影
 

     50年代風のレストランやカフェもたくさん
              2013年9月撮影

       タイ料理のお店の壁画には圧倒される
                2013年9月撮影
 

        ■ AZTEC MOTEL ■
1931年〜
the National Register of Historic Placesに登録されていたが、 取り壊されてしまった。
Route 66 ブログはこちら

            2013年9月撮影

      ■ De Anza Motor Lodge ■
1939年〜
the National Register of Historic Placesに登録
Route 66 ブログはこちら

           2013年9月撮影

<<WEST EAST>>

≫ 続きを読む

newmexico  2014/07/29  route66jpinfo