TOWN

Missouri

Niangua/Missouri


Route 66 in Missouri
 
= Niangua =
<<WEST       EAST>>
Webster County  Wikipediaはこちら  Nianguaの写真が沢山でているのはこちら
人口約400人程の小さな町で、ほとんど何も無いけれど、Springfield MO 都市圏の一部。 Niangua という名前は、インデイアンの言葉で「熊」を意味する言葉の近くの小川の名前から取られた。 Niangua Riverでカヌーの貸出をしており、カヌー遊びが出来る。
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街の入口に立つ表示板
2015年6月撮影
 
■ ■ Abby Lee Modern Court ■ ■
看板の flickr 画像はこちら
Marshfield の東側。1940 年にオープンし、8 部屋とカフェがあったが、カフェは 1950 年に火事で焼け、部屋は残ったが、Motel としてはもはや営業出来ない状態に。
 

Abby Lee Court
Courtesy of Kathy Weiser,Legends of America.
http://www.legendsofamerica.com/66-main.html
 
■ ■ Niangua Junction Store ■ ■
5165 State Highway CC Niangua MO  1935 年〜
junction にあるコンビニで、1992 年に改装。
 
■ ■ Library ■ ■

村の入口近くに。
2016年6月撮影
■ ■ Niangua Antique ■ ■

今は廃墟となっている趣のある建物。
2016年6月撮影
 
■ ■ その他の建物 ■ ■

村の入口付近に立つ。
2016年6月撮影
 

City Hall
2016年6月撮影
 

2016年6月撮影
 
<<WEST EAST>>

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Niangua/Missouri  2016/09/01  route66jpinfo

Newburg/Missouri


Route 66 in Missouri
 
= Newburg =
<<WEST EAST>>
Phelps County  Wikipedia はこちら
今の Route 66 からはちょっとそれるが、重要な場所で、 その昔 Route 66 が走っていた、と言われているが、諸説あり。 美しい Little Piney River の土手沿いの風光明媚なくつろげる場所。 田舎町なのに the National Register of Historic Places が何軒かあり、古き良き時代に戻れる町。

 

1883 年、Newburg は鉄道基地として、 St.Louis & San Francisco Railway が作った街。 複線が敷かれ、鉄道の部品供給の為の基地として、 Burlington Northern Railroad が頻繁に利用していた。
鉄道の需要もあり、1867 年に鉄鋼業 Ozark Iron Works が創業したが、1877 年に倒産。 1880 年に the KnotwellIron Company が、その施設を利用しようとしたが、 すぐに鉄の価格が下落し始めたので、中止。 第二次大戦後は、鉄道は石炭からデイーゼルエンジンに変わり、 長距離輸送も車になり、町も段々寂れていった。 今は古い駅舎の近くに 「Frisco」 の貨車が 1 台と廃墟が残っているだけ。
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■ ■ John's Modern Cabins ■ ■
Sugar Outer Road U.S.Route 66 Newburg MO   Wikipedia はこちら  関連 HP はこちら&こちら
 

Newburg の町外れ、old Route 66 沿いのモーテルの廃墟。
1931年 Beatrice & Bill Bayliss が 6 キャビンの 「Bill and Bess’s Place」を開くと、不況の時代に安いモーテルで人気だった。
10年 後、第二次世界大戦にアメリカが参戦。 軍の施設に近いので、地域の家は軍のために使用される事になったので、彼らはモーテルを売ってしまった。
その後 時代も変わり、1951 年に John と Lillian Dausch が $ 5000 で購入。 すぐに 「John’s Modern Cabin」 を始めたが、 1957 年の Route 66 の拡張工事で、ダンスホールは撤去、モーテルも移動させねばならず、近くの Vemell’s Motel もこの時レストランとガソリンスタンドを壊してしまった。

 

廃墟に残る看板
2016年6月撮影
 

少しづつ朽ち果てていくキャビン。
2016年6月撮影
 

忘れ去られたような警告板
2016年6月撮影

1965 年に U.S.Route 66 から離れてバイパス I-44 ができると、 old Route 66 沿いの John’s Modern Cabins や他の小さな商売には致命的となり、 バイパス化の後すぐに妻の Lillian が亡くなると、John はモーテルを閉めてしまった。 彼自身も 1971 年に亡くなり、モーテルはその後廃墟となってしまった。
 

砂利の山が積まれた old Route 66。
2016年6月撮影

St.Charles Missouri の Loretta Ross が 1976 年にここを買ったが、 計画はすぐに潰れ、廃墟はそのままに。 Ross 家はこの不安定な建物の取り壊しを考えていたが、 2002 年に保存運動家達に反対され、 その後 「Route 66 Magazine」 やネットにこのことが載り、 話題となったが、何もなされなかった。 「John’s Modern Cabin News」 が発行されていた事も。 建物は荒廃が進み、道も荒れ放題だが、写真を撮りに来る人たちは後を絶たない。
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■ ■ Vernelle’s Motel ■ ■
10891 Sugertree Outer Road Newburg MO  Website はこちら
1930 年代末に E.P.Gasser が建て、「Casser Tourist Court」 と言う名前で、 モーテル、ガソリンスタンド、ギフトショップ等をやっていた。 1950 年代の初めに Gasser の甥の Fred と妻の Vernelle が買って、増築し、 名前も 「Vernelle’s」 として、ステーキやフライドチキンなどのレストランも開き、 Route 66 の旅人達に人気だった。
1957 年、Route 66 が 4 レーンになるのに対応して、北へ数 feet 移動させ、 この時レストランはやめたが、モーテルはその後も営業。 元々あったネオンサインも Route 66 の仲間達が塗りなおしてくれて健在。
 

砂利の山が積まれた old Route 66。
2016年6月撮影
 
1930 年代末からずっとフレンドリーなサービスとリーズナブル料金で Route 66 の旅人達に親しまれてきた。 ここは忙しい現代の世の中から、古き良き時代に戻れる所で、 Wifi、電話もなく、リモコンも使えない古いテレビがあるだけ。今のオーナーの Ed Goodridge と彼の相棒 Fox は当初からと同じこのやり方をずっと続けている。 日の出と共に起き、自然の中での散歩は生き返ったような素晴らしい時間となるはず。
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Motelのすぐ隣にあるAntique Shop。
2016年6月撮影
■ ■ Community Theater ( Lyric Live Theater ) ■ ■
117 First St. Newburg MO  Websiteはこちら  関連 Website はこちら
1919 年に Newburg で 1 軒だけの Theater としてオープンし、 映画やその他のイベント等に利用されてきた。 1925年頃、” Lyric Theatre “ へと名前を変えたが、 1939 年に改修し、再度 “ the Newburg Theater “ に変え、 1942 年までに又 “ the Lyric Theater “ とした。

市民や Christian Church が利用したりだったが、 その後 1955 年に映画館としてはクローズ。 1983 年に “ Live Stage Theater “ として再オープンし、 2005 年に名前を “ the Lylric Live Theater “ に変え、 以降は “ Community Theatre “ として公的なイベントなどに利用。 The National Register of Historic places に指定されている。
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■ ■ Sullivan Hotel ■ ■
1 East 1st Street, Newburg, MO ( Community Theater の隣の建物 )   関連 Website はこちら
US I-44 から約 3 mile の距離で、 正面に Mark Twin Forest Park が見渡せる絶景の地にある。 1884 年に建てられたが、2010 年から 2011 年にかけて全面改装され、 B & B の部屋が 10 室、40 席のダイニングルームもあり、今売出し中。
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■ ■ Houston House ■ ■
101 & 103 E 1st. Newburg MO   1884 年〜  関連 Website はこちら  
William H.Harris 家が所有し、約一世紀後に持ち主が変わるまで、子孫が使っていた家で、かつては鉄道の下宿屋、ホテル、レストランだった。
今は非営利団体の the Newburg Community Revitalization Proglam Group (NCRPG) が所有運営。 Community Center として利用しており、一年中 11;30〜13;30 毎週木曜日にスープキッチンを主催していて、食事やデザートをふるまう。 年間を通じて、他の多くのコミュニテイの活動、教育セミナーなどを開催している。 ここは幽霊が出るということでも有名。
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■ ■ Children’s Museum ■ ■
120 Water St Suite B, Newburg, MO  Websiteはこちら  facebook はこちら
2008 年にオープンした Houseton House の裏にある子供と全世代向けの Museum。 Springfield と St.Louis 間の Natural History Museum としても注目すべき Museum で、 太古の時代からの発掘品や、地域の特徴的なものを展示。 子供たちが自分たちの目標に向けて実践的な活動が出来るように、との目的で運営されている。
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■ ■ City Hall ■ ■
191 Main St. Newburg MO
図書館も兼ねている町役場で、素朴な建物がとても印象的。 1884 年、Frisco 開通時の建物の横の壁画が有名。
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■ ■ Gourd Creek Cave Archeologocal Site ■ ■
The National Register of Historic places に指定
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■ ■ Ozark Iron Furnace Stack ■ ■
2 miles West of Newburg MO  関連 HP はこちら
鉄の溶鉱炉に使われた石作の建物の一部の 2 棟が残っている。 Newburg に鉄道の部品を作る鉄の製錬所があった 1870 年頃の残骸。 近くには働く人達の宿舎などもあったけれど、 60 年代末の火事で焼けてしまって、残ってはいない。 ここは今個人所有となっているが、許可を取れば見せてもらえる。 The National Register of Historic places に指定されている。
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<<WEST EAST>>

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Missouri  2016/07/26  route66jpinfo

Waynesville/Missouri


Route 66 in Missouri
 
= Waynesville =
<<WEST EAST>>
Pulaski County  HP はこちら  Wikipedia はこちら
1719 年フランスの探検家 Du Tisne. がこの地の Indian Trail を旅したのがこの地に残る最古の記録。1834 年に 最初の郵便局長 Harvey Wood が、独立戦争の英雄 “Mad” Anthony Wayne にあやかって、新しい郵便局の名前とし、これが街の名前となった。

1835 年 Pulaski County ができ、すぐにこの郡に統合。 同年 James A.Bate が、後に裁判所となる最初のショップを開き、 街は次第に大きくなっていく。 街は St.Louis と Sprongfield を結ぶ幌馬車の停車地で、 この道は連合軍によって電報の線が惹かれていたので、Wire Roadと呼ばれた。
1837 年〜1839 年、Oklahoma へと移動する悪名高い “Trail of Tears” の北側 Route が Waynesville を通り、 Laughlin Park の the Roubidoux Springs で野営をした。

その後、南北戦争中、郡ではゲリラの襲撃や小競り合いが多かったので、 1862 年、Albert Sigel 大佐の軍が、Wire Road を守る為に見晴らしの良い砦を作った。この砦は何も残ってはいないが、小さな歴史的マーカーが立てられている。 南北戦争後、Route 66 が通るまでは、町は木材と農業で生き延びていった。

 

ダウンタウンの街並み
2015年5月撮影

1926 年にメインストリート Route 17 を再編して、Route 66 が開通。 今も通り沿いに往時の繁栄を物語る Tinkle Bar 他の古い建物が今も残っている。
1940 年代、近くの Devil’s Elbow のバイパス化と Hooker Cut の建設を含む地域の U.S.66 の再築が必要となり、 又軍のベースとして、最大のトレーニング基地の一つ Fort Leonard Wood (砦)が建てられ、近辺は急速な発展をしていった。

街のランドマークである給水塔
2015年5月撮影
Waynesville は Waynesville R-VI School District のマスコットである Tigers の本拠地であり、 The school 地区は、学術、スポーツ面において有名だし、 住みやすく、美しい町は旅人達にも、居住地としても今や人気の街となっている。
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■ ■ Old Stage Court Stop ■ ■
105 N Lynn St. Waynesville MO ( Court House Square の東側 )  HP は こちら  Facebook ページはこちら
Waynesville で一番の見所。 Pulaski 郡最古のログキャビンの建物で、昔は幌馬車の停留所兼郵便局でもあった。 南北戦争中に、Square の南の丘に連合軍が砦を作った時に、 病院として利用するために乗っ取った。 元々の名前は「Waynesville House」、 その後、1894 年からは 「Black Hotel」に、 それから 1960 年代までは個人住宅、下宿となり「Pulaski House」と呼ばれていた。

何度か荒廃し、 1982 年には市が取り壊しの案を出したが、 ボランテイアグループの努力で免れ、 今は Museum となっている。 The National Register of Historic Places に登録。
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■ ■ Pulaski County Courthouse and Historical Society/Museum ■ ■
301 Rte 66 Waynesville, MO ( Courthouse Square の南側)  HPはこちら

Missouri 州の Route 66 沿いの街にある 3 箇所の裁判所の一つで、1903 年に建てられた。1969 年に Museum としてオープンしたが、1989 年まで郡の裁判所として利用されていた。元々の裁判所の部屋の他、郡の歴史に関しての展示をしているいくつかの部屋がある。

Historical Society Museum
2015年5月撮影
1990 年に、John Ashcroft 知事が裁判所の前の道 Route 66 を、歴史的な道として指定する法律にサイン。Missouri は “Main Street of America” の保全に向けて、立法のステップを取った最初の州で、 the National Register of Historic Places に登録されている。
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■ ■ Rock Frog ■ ■
Waynesville と St.Robert の間の Route 66 沿い  関連 HP はこちら
蛙のような形の大きな岩。 それに1996年に、 地元のタトー屋で、彫刻家である W.H. Croaker が、 蛙に見えるようにペンキを塗った。 それが大人気となって、今では観光客が見に来るまでに。 色を際だたせるために、定期的に塗り直されており、 クリスマスシーズンにはサンタの帽子をかぶっている。 10 月には「 Frog 祭り」なるものも開催されている。

Rock Frog
Photo by David Taylor
 
すぐ横には、以前「Frog Xing」 ( 蛙の四つ角、Xing=Crossing ) の表示板があったが、盗まれてしまった。
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■ ■ Tinkle Bar ■ ■
206 Historic 66 W. Waynesville
街の中心部にあり、1941〜1942 年に Waynesville の北に Fort Leonard Wood (軍の施設)が建てられた後、すぐにオープンした。 第二次世界大戦中は人気の場所となって、ちょっとしたブームを巻き起こしたが、 1980 年代の初めからはクローズしている。
ガソリンスタンドもやっていたが、 今は flower Shop “Every Blooming Thing” となっている。 往時の面影をそのまま伝えてくれているお店。 2011 年頃、町の活性化の為に取り壊しの案も出ていたようだけど。 Jackie’s Bar ( Tinkle と同じオーナー) は今だに営業。
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■ ■ その他の見どころ ■ ■
★ Route 66 ブログ はこちら
◎ Rigsby’s Standard Oil Station ; 往時は人気のレストラン。
◎ Witmor fafms Restaurant ; 1926 年からの老舗レストラン
◎ Pleasant Grove Christian Church ; 1926 年からいまだに


★ Route 66 ブログ はこちら
◎ Paradise German Deli ; 古いスタイルの Deli と Cafe を。
◎ Waynesville Memorial Chapel ; 以前は Bell Hotel。


★ Route 66 ブログ はこちら
◎ Rock Store
◎ Roubidoux Creek Bridge
   
<<WEST EAST>>

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Missouri  2015/07/20  route66jpinfo

Waynesville/Missouri

Missouri  2015/07/20  route66jpinfo

St.Robert/Missouri


Route 66 in Missouri
 
= St.Robert =
<<WEST EAST>>
Pulaski County  HP はこちら  Wikipedia はこちら

こんなかわいい給水塔が。
2014年10月撮影
 
街の名前は、地方の重要なカソリック小教区の初代司教 St. Robert Bellarmine から取られた。 郡のビジネスのハブとなっていた街で、 ビジネス地区は、今も成長し続けており、たくさんの大きなチェインストア、ホテル、レストラン等があり、 それにユニークな小さなビジネスもたくさんできている。
軍の基地 Fort Leonard Wood があり、 卒業式、会議、他の特別なイベントに出席する家族や友達の為のツーリスト産業が充実している。
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■ ■ Route 66 Diner ■ ■
126 Saint Robert Blvd St.Robert, MO  HP はこちら
Interstate を走っていると、何箇所も気になる大きな看板。 釣られて、Exit を降りて正解! こんなところに、こんな Diner が!
1950 年代満載で、しびれます。 大音響で、外に流れているのは、プレスリー。
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2014年10月撮影
 

おしゃれなメニュー
2014年10月撮影
 

カウンター席に市松模様の床にタイル。
おしゃれ〜!

2014年10月撮影

入り口横にはおしゃれなジュークボックスが。
2014年10月撮影

壁にはマリリン・モンロー、とジェームス・デイーンの写真。
2014年10月撮影  

量が少ないよ、と教えてもらったシニア向けメニューは野菜なし!
年配者にどうかな?

2014年10月撮影
 
■ ■ George M. Reed Roadside Park ■ ■
1955 年〜  関連 HP はこちら
新しい2車線の Route 66 沿いにある公園で、Fort Leonard Park の入り口となっている。戦時中、Fort Leonard Wood への出入りがしやすくする為に、1942 年に作られた公園で、 記念碑として、戦車が置かれている。 過ぎ去った昔へ戻してくれる Missouri の中では最後の道路沿いの公園で、 1953 年に George M.Reed の名前が付けられた。

Courtesy of David Taylor
http://urbex.50megs.com//Places/USA/Route%2066/Route%2066.html
公園に置かれている戦車。

2014年10月撮影
 
George M.Reed は 1855 年に Ohio の Kirbeyville 近くで生まれ、 1938 年に Missouri の Waynesville で亡くなったが、 若い時は学校教師や、地方の裁判所で裁判官をし、 後に新聞 「Pulaski Country News」 の発刊にも携わった人。 その後ルーズベルト大統領、ハワード大統領政権の元で仕事をし、共和党員としての賞も受けている。
1919 年、郡裁判所の指名の元、Pulaski 郡の Highway の責任者、 そして1921 年には州の Highway Department のプロジェクト・エンジニアの責任者となった。
1952 年に出来たこの公園は、 彼がプロジェクト・エンジニアとして一番力を入れた公園で、 完成までに長い年月を費やしたので、 ” George M.Reed Park “ と名付けられ、 公園内には石碑も立てられている。
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■ ■ Sweet Water B-B-Q ■ ■
I-44 Exit163 South side of Interstate St.Robert MO  HP はこちら
ここらでは有名な B.B.Q. レストラン。
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■ ■ In St.Robert ■ ■
Deville Motor Inn、Ranch Motel、Alpine Haus Motel、Devils Elbow Motel

 

北向きの I-44
Exit172 から Exit176 は Route 66 が I-44 となっていて、
Route 66 のシールドも立っている。

2014年10月撮影
 
   
<<WEST EAST>>

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St.Robert/Missouri  2015/04/12  route66jpinfo

Lebanon


Route 66 in Missouri
 
= Lebanon =
<<WEST EAST>>
Leclede County  HP はこちら   Wikipedia はこちら
元々は Indian の道 Ozark Trail の休憩所で、 南北戦争中に、この道に沿って St.Louis と Springfield 間に、電報の線が引かれたので、「Wire Road」 と呼ばれ、これが1920年代に Route 66 となる。

1849 年に Laclede County が出来た時は、住んでいたインディアンからとって、町の名前をつけていたが、 Tenessee 州から来た人達が多く、 後に Tenessee 州出身の州知事が故郷の Lebanon からとって町の名前とした。 1850 年代には Academy も作られて、高い教育がなされ、地域の文化活動の中心となった街で、1867 年に正式に町が制定された古い歴史のある街。

鉄道が西へ広がりはじめた時、 町が、駅の為の土地の提供を拒否したので、駅は 1mile 離れた所につくられ、 それに伴い、商業施設も駅近くへ移動。 それまでの町は Old Town と呼ばれ、寂れていったが、 いつの間にか無くなってしまった。 新しい町は発展し、1882 年には Lebanon Opera House もオープンする程に。

1889 年、町中の井戸水が磁力を持っていることがわかり、 そのヒーリング効果が評判となり、 すぐに Lebanon 最大最高の建物 「the Gasconade Hotel」 が、 水を売りにして建てられたが、すぐに潰れ、 その後サナトリュームとなったが、これも長続きせず、 そして 1899 年の火事で消失してしまった。 当時としては 500 人以上収容できる素晴らしく立派な建物で、 駅からは送迎用の電車も走っていたほどだったが。
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■ ■  Munger Moss Motel  ■ ■
1336 E Route 66 Lebanon MO  1946 年〜 HP はこちら
Lebanon のランドマークとなっている古き良き時代を味あわせてくれる雰囲気のある Motel。

I-44 を降りたらすぐに目に入る大きな看板。
2014年10月撮影

元々は1930 年代か 40 年代、Munger 夫妻が始めた Devil’s Elbow の Big Piney River 沿いの B.B.Q. の店。 Munger 氏がなくなると、奥さんは Emmett Moss G と再婚。 「Hence Munger Moss Sandwich Shop」 を始めたが、 ここの B.B.Q. レシピが、Highway 66 を行き来する人達の間で評判になり、 店名も 「Munger Moss B.B.Q.」 と変えて営業、 Phillips 66 Station のスタンドもやっていた。

しかし Hooker Cut が作られ、バイパスが出来ると、 客足は遠退き、移転する必要があった。
ちょうど Route 66 がブームになった頃で、 Lebanon の東の Route 66 沿いのレストランやガソリンスタンドのある土地を1945 年に買って、 新しく 「Munger Moss B.B.Q.」 ができた。
1946 年には14 室の Motel をオープン。 それが大人気となり、忙しい日々が続いた。 当時は戦後間もなくの物資の供給もままならない時で、運営は大変だったが、 なんとか乗り切った。

1940 年代の後半からは Route 66 の人気と共に、順調な経営となっていったが、 1957 年に 4 レーンが開通してバイパス化されると、町は寂れていったが、 それでも Munger Moss はネオンサインを大きくし、プールを作り( Lebanon 初 )、 レストランを Jim Sponselier と彼の母に売ったりして、どうにか生き延びた。
1961 年には更に 26 室を増室。 いつの間にか大きな Motel となった。 全盛期には巨大なアーチの入り口があったが、今はない。

Route 66 沿いで特に有名な 1950 年代からの巨大ネオンサイン
2014年10月撮影

1971 年からは、Bob と Ramona Lehmanが引き継ぎ、以前からのネオンサインをそのまま使用。 ギフトショップも充実しているし、古いおもちゃのトラックやトラクターのコレクションが素晴らしい! それぞれの部屋が Route 66 をテーマにしたインテリア、と言うのも興味深い。詳細はブログにて。
Route 66 ブログ はこちら

遠くからでも見える高い広告塔
2014年10月撮影
 

朝日を背にしたネオンサイン。のどかな風景の中、夜とは又違った魅力が。
2014年10月撮影
■ ■  Starlite Lane  ■ ■
1331 E Route 66 Lebanon 
Munger Moss Motel の old Route 66 (1926〜1956年) を挟んでお向かいにあるボーリング場。 最近オリジナルのネオンサインを移動させ、新しい輝く genetic のサインにしている。
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おしゃれなネオンサイン
2014年10月撮影
■ ■  Forest Manor Motel & RV Park ■ ■
1307 E Route 66 Lebanon MO
元々は 「Green Cables Court Motel」 だった。 今は少し寂れた感じだけれど、営業中。
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2014年10月撮影
 

2014年10月撮影
■ ■  Wrinks Market ■ ■
135 Wrinkle Ave. Lebanon  1950 年〜  関連 HP はこちら
55 年間オーナーの Glenn Wrinkle が経営を続けてきた おみやげ品から日用品まで買える古いレンガの小さなショップ。 彼が話好きで、多くの人に愛され、訪問者も絶えなかったが、 2005 年に彼が亡くなるやクローズ。 二人の地域の女性が何ヶ月もの間借りて再開しようとしていたが、できなかった。

2007 年、息子の Terry がショップを再開させた。 彼は Coca-Cola をリタイヤしていたので、店をレトロカラーにし、 建物の屋根とネオンサインを改修、 Cafe とコンビニ、そして 後に人気となる Route 66 のおみやげ品を売っていたが、 こちらも 2009 年に閉店した。

2014年10月撮影
今は 「D.C.Decker’s Cow Boy Emporium & Chuck Wagon Museum」 として再々オープンしている。 ここには 1896 年のヒッコリーの幌馬車や西部がテーマのアートをはじめ、 たくさんの古い西部の品が飾られている。 Glenn Klinkle に関する HP はこちら

Glenn が亡くなる前の数年間は、海外、そしてアメリカ中から訪問者が絶えなかったが、特にその中のクリント・イーストウッドやラジオパーソナリテイ Paul Harvey、 スポーツ解説者 Mike Shannon や Jack Buck も訪れ、店を更に有名にした。
Terry は Lebanon High School を卒業後、Southwest Baptist Collage で音楽の奨学金を得、 後に Boston の Barkley 音楽院に入る。 高校時代はスポーツに夢中だったが、 最後の 3 年間は All-American Band に所属し、ポピュラー Jazz Band をやっていた経歴の持ち主。
Route 66 ブログ はこちら
 
<<In Lebanon>>
Spear's Camp Joy & Spear's Mobil Oil Station
Clark's Rock Court & Cafe
Bell Restaurant ; オバマ大統領も選挙運動中に立ち寄ったレストラン。
The Leclede County Library & Route 66 Museum in the Leclede County Library & Factory Outlet
Nelson Hotel & Dream Village & The Country Kitchen
Ralph E. Burley House
Joe Knight Building & Laclede County Jail
Ploger-Moneymaker Place
Satelite Cafe Lebanon Speedway
Andy’s Street Car Grill & Red Fox Motel Paun & Loan & Orchard Hills Package Store LLC & Wallace House
その他のLebanon
<<WEST EAST>>

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Lebanon Missouri  2015/03/27  route66jpinfo

Carterville/Missouri


Route 66 in Missouri
 
= Carterville =
<<WEST EAST>>
Jasper County  HP はこちら  Wikipedia はこちら  関連HPはこちら
1875 年に街が出来、町の区画をした男の名前から町の名前が付けられた。 亜鉛や鉛の鉱山の町として発展繁栄。 全盛期には、町の人口は 5000人を超し、 2 台のトロリーカーが Main Street を走り、たくさんのビジネスができ、 人があふれ、豊かで雇用も充分にあった。
が1920 年までにブームも終わり、鉱山労働者達が去ると、 人口も減少、ビジネスも少なくなっていった。 Route 66 で往来はどうにかあったものの、次第に町は寂れていき、 人口は半減、大半のガソリンスタンドも潰れ、 Main Street にあったデパート、新聞社、オフィス、銀行等の古いビルは 小さなホテルやガレージ、カフェなどに変わっていった。

Route 66 沿いに残る残骸。 多分昔の鉄道の架橋でしょう。
2014年10月撮影
 
1980 年代半ばに Route 66 が廃止となり、又別の悩みも出てきたけれども、 静かで親しみのある町に進化し、 今では Mother Road Route 66 の町としての再生を進めている。

メインストリートを貫く Route 66 沿いのポールにはためく旗。
2014年10月撮影
住民達は自分の家に Route 66 のシンボルを飾り、 道にはシールドが描かれている。町の警察官は 肩章に Route 66 のエンブレムが付いたユニフォームを着ているし、Route 66 の旗がメインストリートにはためき、町が America の Main Street の一部であることを祝うイベントが秋に開催される。

街の真ん中を通る Route 66 にはちゃんとシールドが。
2014年10月撮影
Route 66 をテーマにした B&B やレストランやカフェもオープンしている。

Route 66をテーマにしたスポーツバー。
2014年10月撮影
Route 66 関連で、色々と計画されており、これからますます Route 66 の街として盛り上がって来そうな Carterville です。
Route 66 ブログ はこちら
 
■ ■ ”Super TAM on 66” Ice Cream Parlor ■ ■
221 Main St. Carterville MO
30 年以上のスーパーマンに関するコレクション、 Route 66 のサインと写真の展示がユニークで、Carterville を代表する場所となりつつある。

2014年10月撮影
運営しているのは Carterville 在住のオーナー Larry TAMminen。 火〜日曜の14;30〜21;00、オープンしている。
Route 66 ブログ はこちら

すぐ横に古い電車が。
2014年10月撮影
■ ■ Visitor Center & Gift Shop= old Rock Filling Station ■ ■
401 W.Main St. Carterville MO
1937 年に出来た C.P.Erkins Sinclair Filling Station が、 1947 年に Hudson Oil Co.Station に。 その数年後 Corkey’s Electric となった建物を改修。 2007 年に Visitor Center としてオープンしたが、今は使われてないようで。
Route 66 ブログ はこちら

雰囲気のある石作りの建物も今は。
2014年10月撮影
 
■ ■ the old First National Building ■ ■
The First National Bank Building として建てられたが、その後郵便局、Carterville Hotel として使われた。 郵便局時代の家具などは Grove の Har Ber Villege Museum に展示されている。( Har Ber Village に関してはこちら )
現在は売りに出されていて、改修され、再オープンされるのが望まれているが。 1階はレストラン、2階はB&B、最上階はボールルームとしても使える。
Route 66 ブログ はこちら

2014年10月撮影
 
■ ■ Miner's Bank ■ ■
石炭鉱山全盛期の頃に出来たのでしょうね。

2014年10月撮影
入り口にはタイルで Miner's Bank とある。
2014年10月撮影
 
■ ■ Carterville Route 66 Diner ■ ■
411 W. Main St. Carterville MO
かつては “Grandma D’s Route 66 Cafe と言う名の人気の Dinerだった。 今は閉店して売りに出されている。
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廃墟と化した Diner
2014年10月撮影
■ ■ Triple K Saddle Shop ■ ■
100 E Main St, Carterville, MO
ダウンタウンにある乗馬関係のショップ 3 軒の内の1軒。 馬が移動手段だった頃からの乗馬用具のお店で、サドルなどがたくさん置かれていて、正面に馬をつなぐバー、そしてドアにおしゃれなサインが下がっている。
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2014年10月撮影
 
■ ■ Carterville 散歩 ■ ■

            街角の教会
              2014年10月撮影

           壁画のある建物                   2014年10月撮影
 
■ ■ Old 66 Blvd. ■ ■
街の郊外を通るRoute 66は緑多き美しい道。

1922 Center Creek Bridge
緑の中に1922年にかけられた橋が。

2014年10月撮影
 
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Carterville/Missouri  2015/03/02  route66jpinfo

Fanning/Missouri


Route 66 in Missouri
 
= Fanning =
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Route 66 沿いの小さな町。 Fanning という名前はアイルランドの Limerick からの移民である John Fanning (1821〜1906 年) にちなんで付けられた。 彼は the St.Louis-San Francisco Railway ( Frisco ) が、 最初にこの地域に鉄道を敷いた18 世紀半ば、最初の区間長だった。
彼の家はいまだに Fanning にあるし、子孫も園周辺に住んでいる。 長い間、鉄道の駅、教会、郵便局、街の Social Center として使われていた。
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■ ■ Fanning 66 Outpost ■ ■
5957 HWY ZZ Cuba  HP はこちら
おみやげ品、看板、工芸品などを売っているし、ビールやワインも楽しめるが、 ショップの奥はアウトドア専門店になっていて、 かなりの充実度。 特にアーチェリーに関してはプロ用の品揃えが素晴らしい!

2014年10月撮影
 

横の壁にはこんなかわいい壁画が。
2014年10月撮影
 

ショップの奥は充実のアウトドアショップ。
2014年10月撮影
 
■ World's Largest Rocking Chair ■
Outpost の庭先にある世界最大のロッキングチェア。 ショップの宣伝用に2008年に作られたもので、 高さ約13m、幅約6mで、世界最大。 ギネスブックにも「世界最大のロッキングチェア」として認定されている。 ただし固定されているので、揺れはしないし、 「危険だから登らないで」との表示が。

2014年10月撮影
 
■ ■ Fanning Feed ■ ■
5957 HWY ZZ Cuba MO  HPはこちら
飼料屋さん。 「Old Time American Feed Store」 色々なイベントもやっている。


 

少し東へ行った所のタイヤ屋さん。
おしゃれな看板。

2014年10月撮影
   
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Fanning  2014/11/10  route66jpinfo

Joplin


Route 66 in Missouri
 
= Joplin =
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1839 年に牧師である Harris G.Joplin が入植したのが街の始まりで、後に彼の名前が街の名前となる。1850 年、南北戦争前に鉛が見つかったが、戦争で中断。戦後再開し、人口も増えていったが、1870 年、鉛鉱山で大きなストライキが起こり、多くの鉱山労働者が出て行った。すぐに John C.Cox と Patrick Murphy がそれぞれ街を作り、共に繁栄したが、1873 年に合併して Joplin 市となった。

その後鉱山の繁栄で労働者が増え、 それを目当てのビジネスがたくさんできて荒れ放題となり、「恐怖時世」と言われたほど。一方、投資家や投機家もたくさん集まり、Patrick Murphry が1875 年に銀行を作る。 その後亜鉛も発見、鉄道も敷かれ、 町はますます発展した。

1897 年、物価が高騰。 Joplin の鉱山への需要も高まり、翌年は亜鉛鉱山史上もっとも繁栄した年となった。 1899 年にはボストンの投資家グループがアメリカの亜鉛業界最大の会社「American Xinc, Lead & Smelting Company」を作り、Joplin は世界の鉛鉱業の中心地となる。 それに伴い街も発展。豪邸が次々と建ち、 トロリーや鉄道も走っていた。

第一次大戦中は鉱物材料供給で繁栄していたが、 1918 年に戦争が終わると、寂れていった。
1926 年、Route 66 が開通すると、旅行者へのサービスビジネスが出来始め、新たに街は繁栄していく。今も Route 66 沿いには、当時をイメージできる建物がたくさん残っている。
第二次世界大戦後は鉱山のほとんどが閉山。人口も減ったが、 Route 66 を旅する人達は増え、町もにぎやかになった。

1960〜1970 年にかけて、町の活性化の名の下にダウンタウンが破壊され、 たくさんの全盛期の建物が無くなったけれど、今はそのお陰で活気ある新しい街ができ、人気となっている。

今のダウンタウンの町並み
Courtesy of Daniel
http://www.takemytrip.com

Route 66 沿いの古い町並みは全盛期を彷彿とさせる the National Register of Historic Places に登録の建物が沢山。古き良き時代の魅力あふれる街です。
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■ ■  the Joplin Union Depot  ■ ■
Main St. と Broadway の角にある。 Wikipedia はこちら  関連 HP はこちら
街の景気が良い時代に、 The Kansas City Southern Railwa, the Missouri-Kansas-Texas Railroad (MKT), Santa Fe Railway の共同出資によって作られた駅で、 Mississippi River の西では、 最初に作られた Praine Modern 様式の駅。 設計したのは1904 年に St.Louis で世界的な名声を得た Louis Curtiss。

駅は the Kansas City Southern Railway と the Missouri-Kansas-Texas Railroad の 2線が入っていて、 1922 年に完成したが、1969 年に閉所した。 最後の列車は、その優雅さで人気だったSouthern Belleで、 これが最後の走りとなった。
閉所後は少しづつ荒れて、今は廃墟に。 随分前からコンクリートで補強され、 改修作業がなされるのを待っている。 Joplin 市としては博物館を含む大規模なエンターテインメント施設を計画中。
the National Register of Historic Places に登録されている。
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           Courtesy of Chamber of Commerce
     http://route66chamberofcommerce.homestead.com/index.html

       Courtesy of Chamber of Commerce
http://route66chamberofcommerce.homestead.com/index.html
 
■ ■  Schifferdecker Park  ■ ■

Photo courtesy of ”The Road Wanderer”
http://www.theroadwanderer.net/index.htm
7th Street and Schifferdecker Avenue Schifferdecker Park  1913 年〜
関連 HP はこちら  公園に関する写真集はこちら  Electric Park の記事のある HP はこちら

以前 Electric Park(1909〜1912年)として知られていた公園で、 広い敷地にローラー・コースター、動物園等だけがあったが、 今ではゴルフのフルコース、プール、遊び場、 Museum の複合施設 Joplin Museum Complex 等もある。
Route 66 が通るようになると、旅人達の人気の憩いの場となったが、 今でも、当時を忍ばせる良い休憩場所となっている。 2003 年の Route 66 Caravan の一つに選ばれている。
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■ ■  Joplin Museum Complex  ■ ■
HP はこちら
公園内には「Everett J. Ritchie Tri-State Mineral Museum」、 「Dorothea B. Hoover Historical Museum」、「The Empire District Electric Company Museum」、「The Joplin Sports Authority Sports Hall of Fame」、「the National Historical Cookie Cutter Museum」があるが、 特に「Everett J. Ritchie Tri-State Mineral Museum」と 「Dorothea B. Hoover Historical Museum」は必見!
次の世代に、 Joplin と3州の鉱山地域の歴史、経済、社会について、より深く理解してもらう事を目的とした Museum で、Joplin 地域の歴史資料や鉱山関連のコレクション、そしてRoute 66 に関する展示をしている。

Courtesy of Chamber of Commerce
http://route66chamberofcommerce.homestead.com/index.html

 
■ Dorothea B. Hoover Historical Museum ■
鉱山全盛期の Joplin の頃から、今日 Missouri 州で4番目に大きな街となるまでの成長の過程と発展に関する展示。また Historic Route 66、Bonnie & Clyde の Joplin での冒険、有名な Spook Light に関しての展示、そして「Joplin Sports Hall of Frame」、1927 年のアメリカの La France の消防車、素晴らしい人形のコレクション、子供のお部屋等、多種に渡る展示が。 「the Empire District Electric Company Musem」, 「the National Cookie Cutter Historical Museum」もある。
 
■ Everett J. Ritchie Tri-State Mineral Museum ■
1931 年創設。 ここは1800 年代末の Joplin の鉱山の時代からの、鉛や亜鉛鉱石の世界で最も奇妙でユニークなコレクションを展示している。 世界中の地質学者の間でも高い評価を得ている機関で、 鉱山の道具や機器、鉛や亜鉛に関する世界最大のコレクション、 たくさんの鉱山の模型、地図、Joplin の鉱山の時代からの写真も展示されていて興味深い。 又鉱山の地下での労働を実体験できるように、と鉱山のシャフトが再建されている。
■ ■  Bonnie & Clyde Hydeout(隠れ家)  ■ ■
3347 1/2 Oak Ridge Dr. Joplin   関連 HP はこちら  Bonnie & Clyde に関してはこちら
実話に基づく映画「明日に向かって撃て」で有名になった Bonnie & Clyde。 1933 年4月1日〜13日の13日間、Bonnie & Clyde が潜伏していた歴史的なアパートが残っており、今は改装されて1週間単位のアパートとして貸し出されている。 the National Register of Historic Places に登録。
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 アパートとなった Bonnie & Clyde の Hydeout (隠れ家)の今
           Courtesy of Chamber of Commerce
   http://route66chamberofcommerce.homestead.com/index.html

 当時新聞記事となった
   Bonnie & Clyde の Hideout
 
 Courtesy of Kathy Weiser, Legends of America.
 http://www.legendsofamerica.com/66-main.html
■ ■  Dale's Route 66 Barber Shop  ■ ■

Photo courtesy of ”The Road Wanderer”
http://www.theroadwanderer.net/index.htm
2312 Utica St Joplin, MO
1928 年頃に Phillips 66 のコテージスタイルのガソリンスタンドとして建てられ、 1959 年に閉店するまで、 Phillips が作った安い Shamrock ガソリンを売っていた。
閉店時にポンプは撤去され、 1962 年 Dale Holly が買い取り、ここで引退する2004 年まで理髪店を開業していた。 その後スタイリストに店を貸したりした事もあったが続かず、レンタル先や買い手を探していた。 その折の記事はこちら
2007 年、「Joplin Historic Preservation Commission」が歴史的ランドマークとして指定。 2014 年、Dale が老齢化の為、売りに出し、今はオーナーが変わっている。
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Missouri  2014/08/02  route66jpinfo