Route 66 in Oklahoma
 
= Luther =
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11000 年前頃に Palco-Indian が住んでいた地域で、 その考古学的遺跡 Booher Site はthe National Register of Historic Places に登録されている。

1820 年頃、居住区として、Kickapoo 部族が最初に譲り受けた土地だったが、後にアメリカ政府が買い戻し、「Land Runs」時に住民に明け渡した土地で、 街の名前は Luther Jones と、彼の共同経営者の Luther F. Aldrich から取られた。 Aldrich が the St.Louis & Oklahoma City Railroad 敷設予定地を買い、そこが1898年4月に区画されて、今の街となる。
1903 年6月25日、Luther の北1 mile の所に、 the Missouri Kansas and Texas Railway が線路を敷き始め、 1905 年に街は独立。 人口は 600 人足らずだったが、教会、銀行、新聞社、電話会社等があり、1940 年代後半には、ホテルや病院、レストランなども数軒、 製綿所も 5 軒あり、Oklahoma 州の中では最大量の綿が搬出されていた。
1916 年、アメリカの黒人向けの先駆けとなるアフリカ系アメリカ人の為の Booker T.Washington High School が Luther に開校。小さな街ではあるが、人種的な偏見も無く、文化度も高かった。
 

街の入口に立つ境界線の表示板
2015年6月撮影
 
1928 年 U.S.Highway 66 ( 今の State Highway 66 ) が Luther の北に開通したが、1930 年代の大恐慌の影響大で、農民達は土地を離れ、街も寂れたが、残った人達は車で近くの街へ通勤することで生計を立てていた。

第二次世界大戦終戦時には、Luther を通る 2 つの鉄道も廃線となり、 1953 年の the Turner Tumpike ( Oklahoma City 〜 Tulsa の有料道路 ) の終了で、更に街は冷え込んだ。 1957 年には Washington High School も廃校となったが、 1960 年から1990 年までに、不況の折に離れていった人達がリタイヤして戻って来、人口も増えたが、 1990 年代の第二の経済不況で減少するも、2010 年には又増え、今に至る。

Luther は "Crystal Labs" の本社で、ここは花粉のサンプルを集めて、 花粉症やアレルギー研究のために、世界中の研究所に送っている企業。 又 2005 年 Redbud Energy Plant もでき、これからの発展が期待される。
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■ ■ Threatt Filling Station ■ ■
Jct. of US 66 and Pottawatomi Rd., SW corner, Luther, Oklahoma  1915年〜  関連 HP はこちら&こちら
Route 66 沿いで、アフリカ系アメリカ人に食事を出していた初期のガソリンスタンドで、地元の砂岩を使って建てられており、その時代の典型的な形をしている。

アメリカインデイアン居住区と土地の割当が確立された後、 Threatt 家は 1889 年にアメリカの州となった Oklahoma の今の Luther に住んでいた。当時のだれもが感じたように、 Threatt 家も Oklahoma を大きなチャンスの地と感じ、 ここの農場で穀物を作り、採石場からの砂岩を売っていたが、最終的にガソリンスタンドをオープンした。
ガソリンスタンドは Route 66 の近くだったので、繁盛した。 Allen Threatt は農場とガソリンスタンドを活用し、 1910 年の中頃から 1950年代まで、地元や旅人たちの立ち寄り処として人気で、 特に黒人も歓迎する Route 66 の数カ所の 1 つだった事で喜ばれた。

今、設立時のガソリンポンプはもう無く、1940 年代の古いギヤシステムのエナメルポンプが 2 つあるだけ。ポンプの間の柱にあった看板も無くなったが、かつての古いライトは今もあり、建物の裏側を 1961 年に増築した他は、Allen Threatt が建てた時から外見はほとんど変わっていない。
the National Register of Historic Places に登録されている。
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■ ■ the Engel’s Dry Store ■ ■
114 S. Main Street Luther, OK   関連 HP はこちら
1889 年に Michael C. Engels が Oklahoma Indian Territory にやってきて、 まず 1910 年に、115 S. Main St. で乾物屋を始めた。 1921 年にお向かいのビルに移り、 最初は乾物を売り、又食べ物や飲み物の為のファウンテンを開いていた。

ビルは、元々の 13 feet の装飾のある天井、ライト、扇風機、コカコーラのポスターや記念の品、 1910 年の家具類はそのままの状態で置かれており、1980 年に the National Register of Historic Places に登録された。 1980 年にホットドッグ、チップス、飲み物が $ 1 で買えるようになった。

ビルは平屋のレンガ作りで、中央の入り口に 2 つのドアがある。 町はビルにある他の 3 軒と共に、このビルを買い、 “極端な変身“をさせ、町へもっと興味を持ってもらう事を目的に、改修する計画を立てている。
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■ ■ the Rock O' Ages Conoco Station ■ ■
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1920 年代初期に作られたガソリンスタンドの廃墟で、 Route 66 の北側に建っている。 Thr Rock of Ages Farm の土地にあり、 レギュラー用とエタノール用の 2 つのポンプがあり、 横の 50 ガロンのドラムカンからポンプを通してガソリンを売っていた。 ここでは氷売りが来た時だけ、冷たいソーダが買え、 チョコレートは溶けない冬場だけ売られていた。 当時は電気が来ておらず、全ての灯りは灯油だった。
 

Route 66 沿いにひっそりと立つ石作りの廃墟
2015年6月撮影
 
Al Capone が Chicago で恐れられていた時代、 とあるセールスマンが $10 札の偽造 をオーナーに教え、 彼はその為の小さな仕事部屋をスタンドの後ろに作り、 出入りは後の壁の上の窓だけで、 誰もその後ろに部屋がある事に気付かなかった。
 

奥の窓から秘密の小部屋へ出入り。
2015年6月撮影
 
が、だれかが偽造紙幣の 1 枚を手にし、ガソリンスタンドを通報。 オーナーは逮捕され、投獄され、 その後ガソリンスタンドはクローズし、再開しなかった。
1940 年代末、無関係のイベントでの殺人の遺体が廃墟で見つかったが、犯人はわからずまま、と言う事件も起こり、寂れたままの状態で廃墟となってしまったが、写真撮影で人気の場所でもある。
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■ ■ the Boundary on 66 ■ ■
6001 E. Hwy 66 Luther, OK   HP はこちら  関連 HP はこちら
すぐに Route 66 の名所となった所で、改修された古いガソリンスタンドにあり、 Route 66 沿いでも最高のバーベキューレストランの 1 箇所にあげられる。 バーベキューはブリスケット、リブ、スモークターキーがお勧め。 サイドメニューも充実。
レストランは、住民の為に中央 Oklahoma で開かれた有名な 1889 年の Land Runs の東の端である Indian Medirian に沿っている事から名前が付けられた。
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■ ■ その他の見どころ ■ ■
the Suenos Vineyard and Winery ; 結婚式もできるB&Bのワイナリー
DJ’s BBQ ;人気のBBQレストラン
Route 66 Plaza CONOCO Station ; 新しいCONOCOのガソリンスタンド
Booker T.Washington High School ; アフリカ系アメリカ人向けの魁となる高校
Luther Veterans Memorial 地域の従軍者へ捧げられた小さな記念碑。
Crystal Laboratory ; 花粉を集めて世界中の研究施設へ
Luther 散歩 ; 古い道が残っているが。
Little Brothers Gas Station & Cold Beer、 Luther Post Office、City Hall & Masonic Lodge
 
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Luther/Oklahoma  2015/10/10  route66jpinfo