Route 66 in Oklahoma
= Catoosa =
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Rogers と Wagoner county 2郡にまたがった町。  HP はこちら  Wikipedia はこちら
Catoosa は インディアン Cherokee の言葉 で「丘」の意味。 19 世紀始めまでは Cherokee が支配していたが、 1853 年に町が出来、 1882 年に Atrantic and Pacific Railroad が敷かれると、 William Halsell’s Bird Ranch の設立で、町は牛の町となっていき、 牧場主たちの成功で、次第に町の人口は増えていった。 1883 年、John Schrimsher が最初の局長となって、郵便局がオープン。

 

町のランドマークの給水塔
2014年10月撮影
地域の経済は主に穀物、製綿所、工場、大理石業、石炭鉱山等で、 1900 年の人口は 240 人だったが、 1971 年、Catoosa の Tulsa Port がオープンすると、経済に活気が出てきた。 Port の 2000 エーカーの工業団地は 21 世紀までに 2600 人以上の雇用を生み出し、2010 年の人口は 7151 人となり、 今も順調に町は伸びている。
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■ ■ Blue Whale ■ ■
2680 Oklahoma 66, Catoosa OK  HPはこちら  Wikipediaはこちら  関連HPはこちら
 

2014年10月撮影
Route 66 沿いの名所の中でも特に有名。 1970 年代初め、Hugh Davis が、鯨の置物を集めている妻 Zelta への記念日の贈り物として作った場所で、こっそりと土地を買って、笑う鯨を作り、 池の周りにはピクニックテーブルや椅子を置いて、一般の人達も使えるようにし、 それに「Kingdam ( 爬虫類王国 )」まで作って、Attraction にした。
子供達にも人気の公園だったけれど、 1988 年には管理を続けることが難しくなって、閉園。 2 年後に Mr.Davis は亡くなり、 その後、寂れていったが、 2011 年、Tulsa の Bill Haynes Company がボランテイアで塗装しなおし、復活。今では訪れる人達も多い。
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表示の鯨がかわいいトイレ
2014年10月撮影
 

人気だった公園の残骸。
2014年10月撮影
 

ボランテイアとギフトショップの売上で運営されていて、
「将来的には Museum を作る」という Hugh の夢を叶えたい、
との旨が書かれた張り紙。

2014年10月撮影
■ ■ Arrowood Trading Post ■ ■
2700 North Old Highway 66 Catoosa, OK ( Blue Whale の Route 66 を挟んだお向かい)
Blue Whale を作った Hugh の義理の弟が経営していた。 彼は純血の Acoma Indian として有名で、Indian Art や優れた銀細工でも素晴らしい技術を持っていて、 それを売っていたが、今はクローズしている。
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2014年10月撮影
■ ■ Fort Spunky Mail Relay Station Marker ■ ■
I-44 からの北西へ約 1mile の Route 66 沿い、Blue Whale にある。  関連 HP はこちら
 

Blue Whale のすぐ前、Route 66 沿いに立つ記念碑
2014年10月撮影
「Old Mail Route About 1/2 mile SW is the site of Fort Spunky, a relay station on The Old Star Mail between St. Louis and California. After the war between the states, Catoosa was founded as the post with John Gunter Schrimsher (1835-1905) an uncle of Will Rogers as post-master. Erected as a public service by Mr. and Mrs. Carl R. Mathews Will Rogers Memorial Highway」
と書かれている。
(約 0.5 mile SW に Fort Spunky があり、ここは St.Louis と California の間にあった old Star Mail の中継地点だった。 州間の戦争の後、Catoosa は、Will Rogers のおじ John Gunter Schrimsher (1835〜1905 年) が局長となって、郵便が設立された。) 「Will Rogers Highway」は Route 66 の別名。
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■ ■ Tulsa Port of Catoosa ■ ■
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内陸部の Catoosa に、なんと Sea Port が。 アメリカでもっとも海から離れた港町。 内陸部の Port ではアメリカ最大で、 Verdigris 川を系由して、McClellan-Kerr Arkansas River Navigation System の一部を利用して、Mississippi 川を下り、メキシコ湾へつながる。 2000 エーカーの Industrial Park には、鉄道も 2 線引かれており、 列車で運ばれてきた大量の工業製品や農産物を船に乗せて世界中へ送り出す。 氷も張らず、川の流れも Army Corps of Engineers によって制御されていて、 1 年中稼働できる効率の良い Port。
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■ ■ Arkansas River Historical Society Museum ■ ■
5350 Cimarron-Rd. Catoosa OK ( Port of Catoosa ) の港湾局の建物の中にある。  関連 HP はこちら
 

川の歴史や水路の建設、McClellan-Kerr Arkansas River Navigation System に関して、又蒸気船に関する伝承、水路、最新動向、及び考古学、出荷貨物等を常設展示。
Arkansas 川に沿って収集されたネイテイブアメリカンの工芸品、水路の記念品、Rock & Dam の模型なども ( Rock & Dam とは高所からの運河の水を一定にするためにせき止めたり、ダムにしたりしている構造の事)。 加えて、M/V Charley Border が博物館と新しい教育センターに隣接して繋がれている。Charley Border は 30 年以上も the Port で向きを変える為に利用されていたはしけ。
Cherley Border の画像はこちら
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■ ■ Lil’ Abner’s Dairyette Drive-Inn ■ ■
501 S Cherokee St Catoosa OK  1959年〜
Catoosa では最初のドライブインレストランで、 Carol Ham と母親の Bea Yocham Smith が、 約 50 年間レストラン経営を続けてきた。 Ham は 10 代の頃から、ドライブインで働き、1986 年に母親から経営を引き継ぎ、 全盛期には、たくさんのお客たちがハンバーガー、ホットドッグ、Frito パイ、アイスクリームなどを食べに立ち寄り、 大人気だった。
往時の雰囲気に浸れる Drive-In だったが、 2003 年に閉店。 建物は残っているが、Carol Ham も 2010 年に亡くなり、廃墟と化している。
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■ ■ Catoosa Historical Society Museum ■ ■
207 S Chertokee Catoosa   関連 HP はこちら&こちら
鉄道と駅は Catoosa の歴史の上で、重要な部分で、 FRISCO の会社の駅と列車の乗務員車両を改造して作られた博物館。 Catoosa の初期の頃の住民の古い写真、郵便が馬で配られた時に利用された郵便受け、 1897 年からの日付のある通常の駅の日誌、1907 年の日付のある農夫や商人からの小切手などの Catoosa の歴史に関する展示がたくさん。
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Catoosa/Oklahoma  2015/02/23  route66jpinfo