Route 66 in Illinois
 
= Chicago =
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古くからインディアン部族の交易の場だった。(「シカゴ」は、インディアンの言葉で「にんにく畑」という意味)。 1673 年に探検家 Father Jacques Marquette と Louis Joliet がこの地を見つけた後、しばらくは誰も住まなかったが、1803 年に砦が作られ、1837 年に閉所するまでの間に、次第に人口が増えていった。

内陸部であるために水路の必要性が高まり、1836 年に始まったミシガン湖とミシシッピ河を結ぶ運河建設で、人が押し寄せ、一大開発都市に発展。1837 年に市に昇格すると、更に人口は急増。鉄道も敷かれ、農業、畜産業、鉄鉱業等が発展。又1860 年には地元選出のリンカーンが大統領となり、政治的にも主導権を握れる事となった。

1871 年の大火災、南部からのアフリカン・アメリカンの大量移入、ギャングの台頭、財政赤字等、歴史上色々な問題はあったが、それでも地位や重要性は変わらず、近年は半導体や電子機器、輸送機械などが発展。中心部は全米における商業、金融、流通の中心地としての地位を保持している。

1926 年に開通した Route 66 は、完全舗装された州初の Highway で、元々あったChicago から St.Louis までの State Route 4 を基に作られた。これは1915 年に 出来た Chicago と St.Luois を結ぶ未舗装の道 Pontiac Trail が基で、当時はこの2都市間の最短の道として人気だった。道は Illinois の輸送と交易に置いて、歴史上重要な役目を果たし、それは Route 66 となってからも続く。 Chicago は西部へ行く時の要所であり、California への道 Route 66 の東のターミナル。 西部開拓の出発点で、東部と西部をつなぐ街として、以降その重要性がますます認められていく事になった。

Chicago は昔から栄えた歴史ある大きな街。the National Register of Historic Places もさすがに多い。
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Magic Skyline の摩天楼をバックにしての Buckingham Fountain
Courtesy of David Taylor
http://urbex.50megs.com//Places/USA/Route%2066/Illinois/Illinois.html
■ ■  Lou Mitchell's Restaurant  ■ ■
565 W Jackson Blvd. Chicago  HP はこちら  wikipedia はこちら
Lou の父親が 1923 年に家族で始めたビジネス。 Lou もオムレツを作り、それを Lou Mitchell’s で売ってお手伝い。そこから彼の夢が始まった。 彼の人柄とおもてなしの心で、すぐに大人気となったが、特に1958 年からは女性と子どもたちにドーナッツと牛乳を配り、朝食にはアイスクリーム、そしてオレンジとプルーンをつけるサービスを始めると、更に人気に。特に卵料理が人気で、世界中からお客が押し寄せた。その評価は世界中で高く、世界中のメデイア等から「Chicagoで必ず寄るべき所」と言われるほど。 Uncle Lou は人気持続の秘訣を「継続は力なり!」と「質を落とさない事!」と。

Union Station に近いことから、通勤の人達にも人気だけれど、 ここは「the first stop on the Mother Road」とも呼ばれる Route 66 の出発点。 アメリカだけでなく、世界中のたくさんの Route 66 ファンの人達にとって、重要な場所。 Chicago から Route 66 の旅を始める人達は必ず立ち寄り、ここからスタートする。 創業から90年を過ぎ、最近オーナーが Heleen Thanas に変わったが、その伝統は守り続けられている。
2002 年「the Nationwide Route 66 Restoration Program」が Lou Mitchell's で設立。
The National Register of Historic Places にも登録されている。

           Photo courtesy of ”The Road Wanderer”
           http://www.theroadwanderer.net/index.htm


Photo courtesy of ”The Road Wanderer”
http://www.theroadwanderer.net/index.htm
 
■ ■  Chicago Union Station  ■ ■
500 W. Jackson Blvd. Suite 107 Chicago  HP はこちら  wikipedia はこちら
1848 年、Chicago に初めて鉄道が敷かれた。すぐに米国で最も重要な鉄道の連結点となったが、有力な鉄道会社が別々に駅を建設したので、乗り換えが不便で、改善の必要性があった。1874 年、鉄道事業5社で駅建設の合意が交わされ、建設を開始。1881 年に完成したが、建設途中で合意からの離脱や、別の駅利用等で、乗客の利便性はさほど向上せず。
1913 年、Chicago Union Station Company が出来、建て替え工事を開始。諸事情で大幅に遅れたが、1925 年に完成した。
1968 年、New York Central 鉄道の列車が Union 駅から発着するようになるが、この頃から鉄道が不人気となり、利用客が減少。1969 年にはコンコースが取り壊され、駅全体も壊される予定だったが、利便性のために残され、新しいコンコースが建設された。

  Photo courtesy of ”The Road Wanderer”
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1971 年、Amtrak が出来、長距離列車はほとんどが Union 駅発着となる。 1992 年に改修工事も行われ、今では Amtrak は Chicago 発着の全線と州内鉄道の6路線の駅となり、1日約12万人が利用する合衆国内3番目に利用客の多い駅となっている。 広さは全体で約9.5街区に及ぶが、Main Building を除くそのほとんどは道路及び高層ビルの地下にある。 今は Amtrak の子会社 Chicago Union Station Company が所有している。

■ Main Building ■
アメリカン・ルネッサンス時代を象徴するボザール様式のデザインで、伝統的建築技法と技術工学、都市計画を組み合わせた新古典主義の建造物として、歴史的価値を誇ったが、鉄道旅客輸送の衰退で一部が取り壊され、現在の規模に縮小したが、それでも随所に魅力がたくさん残っている。

■ Great Hall ■
Main Building 内にある華やかなボザール様式建築。木のベンチの並ぶ天井高 34m 以上の大待合室で、ヴォールト構造(アーチ型天井)の天窓、彫像、乗継用ロビー、階段及びバルコニーから成るスペースは、米国有数の屋内公共空間とされている。 貸切もでき、300〜3,000 人収容のイベント開催が可能。 映画「アンタッチャブル」で、有名な階段のシーンの撮影はここの東側入口でなされた。

       Great Hall
   Photo courtesy of ”The Road Wanderer”
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      楽観主義のデザインで。
    Photo courtesy of ”The Road Wanderer”
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■ ■  Navy Pier  ■ ■
600 E. Grand Ave. Chicago  HP はこちら  Wikipedia はこちら
ミシガン湖の岸に沿って、約1km 続くショッピングモール&エンターテインメント施設。 建築家でプランナーである Daniel Burnham とそのチームによってなされたシカゴ都市計画 ( the Plan of Chicago) の一部で、1916 年に出来た公共の施設。

第一の目的は、湖の貨物船の輸送基地として、倉庫へ荷物の上げ下ろしをする為で、倉庫がたくさん作られた。そしてミシガン湖の遊覧船の発着場所としても。 桟橋の先端部には、エアコンの無い時代に、みんなが涼みに来れる場所を作ったが、ここは催し物等もやれるように作られていて、独自のトラムカーも走っていた。

寂れてきた時は海軍が訓練場所として使っていたことで、Navy Pier と呼ばれるようになったが、1970 年代後半の再開発によって、大規模な総合複合施設となり、 ショッピングモール、子供博物館、シネマコンプレックス、劇場、遊園地などがあり、今日では Chicago で一番人気の観光地となっている。
the National Register of Historic Places に登録

   Photo courtesy of ”The Road Wanderer”
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■ ■  St. James Cathedral  ■ ■
65 East Huron Street Chicago,   HP はこちら  Wikipedia はこちら
Chicago 地区で Anglican Communion and Episcopal の伝統を引き継ぐ最古の教会で、1834 年に建てられた。 元々は小教区の教会として建てられたが、1871 年の Chicago の大火でほとんどが消失。鐘の塔だけが残り、それは再建される時に利用され、今も使われている。
St. P と St. Paul の大聖堂が1921 年の火事で消失した後の1928 年に、大聖堂の位を受けたが、それは1931 年に返還された。 1955 年の5月に 再び指名されたが、一時的で1955 年6月4日に戻された。
教会は Episcopal Bishop of Chicgo に属しており、State St. の the Roman Catholic Holy Name Cathedral とともに、「the Cathedral District of Chicago」となっている。

Courtesy of David Taylor
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■ ■  Lincoln Park  ■ ■
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ミシガン湖に面した4.9平方km のシカゴ最大の公立公園。南北に長く伸びた敷地に、なんと15面の野球場、6面のバスケットボールコート、2面のソフトボール場、35面のテニスコート、163面のバレーボールコート、1つのゴルフコース、附属施設等が。他にもヨットハーバー、ビーチ、庭園、動物園、温室植物園、ペギー・ノートバート自然博物館等があり、夏季には海上シアターでのイベントもたくさん開催される。日本では考えられない程の広さの公園は市民の憩いの場となっている。

広い広い公園
Courtesy of Daniel
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1843 年にできたシカゴ市の墓地が公園の始まり。ここは後に宗教別に分割されるが、1859 年まではシカゴ市で唯一の墓地だった。1864年、市議会は墓地の公園化を決定。0.49平方km が墓地となり、ここに埋葬された亡骸はオークウッズ墓地などに移されたが、残された亡骸は4,000平m の集団墓地に埋葬され、永久に霊を慰める為に南部の人々やシカゴの支援者により、1895 年にモニュメントが建立された。
リンカーン・パークは彫刻でも有名。動物園やパーク内を歩けば、すぐれた芸術作品がを数多く目にすることが出来る。
The National Register of Historic Places に登録。
■  クーチ霊廟  ■ 
リンカーン・パークが元々墓地であったことを示す為に、シカゴ歴史博物館の裏に建てられた廟で、公園内の墓地では唯一の廟である。
埋葬されているのは イラ・クーチ(Ira Couch) で、シカゴの最も初期の時代の宿屋の主人であり、 1835 年にトレモント・ハウス(Tremont House)を開いた。
彼は1857 年に亡くなったとされるが、そのお墓に関しては、墓地が整理され、公園になったこともあって、諸説があり、謎めいている。 クーチ霊廟の謎についての HP はこちら。  クーチ霊廟に関する新聞記事に関してはこちら
廟の flickr 画像はこちら
■  Lincoln Park Zoo (動物園)  ■ 
2001 N Clark St. Chicago  HP はこちら    Wikipedia はこちら
年中無休で無料のリンカーン・パーク動物園 (Lincoln Park Zoo) は Lincoln Park の中でも一番人気。
子供のための2つのセクション、屋内施設プリッツァー・チルドレンズ・ズー(Pritzker Family Children’s Zoo)と、ジョン・ディーア(John Deere) 提供の農場エリア (Farm-in-the-Zoo) で、農場にいる動物が飼育されている。子供達は動物に餌やりをしたり触れたりできるほか、乳搾りの様子を見学でき、又動物園の南端辺りにあるリンカーン・パーク・ラグーン(池)では、手漕ぎボートのレンタルもできる。

 

Courtesy of Daniel
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■  Lincoln Park Conservatory (温室&植物園) ■ 
2391 North Stockton Dr.  wikipedia はこちら
巨大な温室のある植物園。 植物園は1870 年代に作られ、温室は1890〜95 年に作られた。 重要な多種の植物のコレクションと教育プログラムを提供しており、 地域の奉仕活動の努力に支えられて、長年に渡って運営され続けてきた素晴らしい植物園。

            巨大な温室
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         Courtesy of Daniel
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温室は、病院もしくは慈善団体や宗教的な機関と連携した独自のボランテイア的な施設だった。
医学的な利用と研究の為に植物と生物の研究資料を提供、成長する産業化によって、心身共に病んだ19 世紀の Chicago の市民達は、植物園の草花に魅了されることで、癒やされた。 シカゴでは3つの公園委員会が1869 年に設立され、1895 年までに5つの温室ができている。
 
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Illinois  2014/08/02  route66jpinfo